

※人物画像・相関図の転載、再配布、改変利用はご遠慮ください。
- 戻り始めた原光
- 返らない声
- 返らない精霊王
- 行き先を決める
- 残っているもの
- 死亡との違い
- 世界へ戻らない役割
- 消えた先を追う
- 流れの先
- 東の海岸
- 形を失う力
- 試してはいけないこと
- 知識の底
- 現象の眠り
- 原光を持たない王
- 境界のない空白
- 取り込まれた王たち
- 混ざる役割と人格
- 眠りと呼ばれる理由
- 眠りの中の力
- 残った王たち
- 敵ではないもの
- 東の中核
- 近づけない場所
- 安全とは言えない
- 倒す方法
- 敵意のない災害
- 名前のない現象
- 三人が残った理由
- 人間側に残る境界
- 預けられた存在
- 二人を分けるつながり
- 増えた理由
- 名前と境界
- 名前の由来
- 同じではない
- 呼び戻せない名前
- 目覚めた原因
- 戻らない眠り
- 兵器を止めたあと
- 兵器が招いた結果
- 誰も望まなかった結果
- 東へ消える線
- 消える前に
- 知識にあるもの
- 眠りの先
戻り始めた原光
古代兵器が停止してから、原光は少しずつ世界へ戻り始めていた。
吸い上げられていた流れが解放され、枯れかけていた森にも変化が現れている。
すでに枯れた葉が元へ戻ることはない。
それでも、新しく伸びた芽には緑があった。
精霊術も安定し始めている。
術を使おうとしても精霊が集まらない。集まった精霊が途中で散る。逆に必要以上の精霊が集まり、制御できなくなる。
各地で起きていた異常は、少しずつ減っていた。
古代兵器による原光の枯渇は終わった。
そのはずだった。
「戻っています」
ネアは目を閉じたまま言った。
周囲には、淡い光の粒が漂っている。
どの属性にも分かれていない原光だった。
粒はネアの周囲をゆっくり巡り、やがて本来の流れへ戻っていく。
「昨日より多いです。流れの乱れも弱くなっています」
「なら、もう問題ないのか」
シアが尋ねた。
「原光だけを見れば、回復へ向かっています」
「原光だけ?」
「精霊王からの反応はありません」
返らない声
ネアが目を開ける。
少し離れた場所では、リグも周囲の流れを探っていた。
髪の先で紫白色の細い雷が弾ける。
雷は空気へ散らず、原光の流れに沿って細く伸びた。
だが、途中で途切れた。
「こちらも同じだ」
リグが言った。
「何も返らない」
「原光が戻ってもか」
セトが尋ねる。
「ああ」
返らない精霊王
セトは右手を開き、もう一度握った。
指は動く。
剣を握れる程度の力も戻っていた。
二本の精霊剣を同時に使ったあとの重さは、まだ身体の奥に残っている。
それでも、古代兵器を倒した直後のように、身体を起こすことすらできない状態ではない。
「リグが確認できる相手は、全員同じなのか」
「全員ではない」
「反応した者がいる?」
「そういう意味ではない」
リグは首を横へ振った。
「もともと所在を知らない者もいる。確認する手掛かりすらない者まで含めて、全員とは言えないという意味だ」
「分かる範囲では?」
「返った者はいない」
セトはネアを見る。
「ネアも同じか」
「ええ」
「原光が足りなかったから、返せなかったわけではない?」
「その可能性は低くなりました」
ネアの声は落ち着いていた。
だが、問題が軽くなったとは感じていない声だった。
「完全に回復したわけではありません。しかし、簡単な反応すら返せないほどではありません」
行き先を決める
「眠っているのかもしれない」
シアが言った。
「全員がですか」
「同じことが起きたなら、同じように眠る」
「何が起きたかが分からないでしょう」
「だから調べる」
シアは立ち上がった。
「どこへ行く」
セトが止める。
「精霊王を探しに行く」
「どこへ?」
シアの足が止まった。
「いそうなところ」
「それが分からないから調べている」
「では、歩きながら探す」
「行き先も決めずに歩けば迷う」
「迷ったら戻る」
「戻る道が分からなくなったらどうする」
「目印を残す」
「その目印まで見失う可能性がある。先に行き先を決める」
シアは少し考えた。
「分かった。決めてから探す」
「最初からそう言っている」
リグが小さく笑う。
「今代のイフリートは、相変わらず先に動くな」
「最後に見つかれば同じだ」
「途中で余計なものまで見つける」
「それなら得だ」
「危険なものでもか」
「危険なら倒す」
「やはり先に行き先を決めろ」
「もう分かった」
残っているもの
精霊王は、通常の精霊とは異なる。
通常の精霊は、原光から一時的に属性を得た微細な存在だ。
火を起こす。風を動かす。水を集める。人間の身体を補助する。
役割を終えれば、再び周囲の流れへ戻っていく。
一方、精霊王は特定の属性と役割を持ち続ける。
火の精霊王は、火を担う一個人として存在する。
雷の精霊王も同じだ。
原光から分かれたあとも、同じ役割と人格を保ち続ける。
だから、本人が姿を見せていなくても、その属性の流れを深く探れば、存在している痕跡は残る。
「痕跡もないのですか」
ハルヴェンが尋ねた。
「まったくないわけではありません」
ネアが答える。
「そこが不自然なのです」
「いるのか、いないのか、どちらです?」
「以前はそこにいたことが分かります」
「今は?」
「個体としては確認できません」
死亡との違い
ハルヴェンは少し考えた。
「死亡した場合とは違うんですか」
「違います」
「なぜ分かる」
セトが尋ねる。
「精霊王が死ねば、役割だけが世界へ残ります」
ネアは地面へ手を向けた。
淡い原光が集まり、その一部が銀青色へ変化する。
「人格と記憶は失われますが、属性の役割までは消えません。残った役割を起点に、いずれ次代が生まれます」
「シアと同じだな」
「ああ」
シアが答えた。
「先代が死んで、残った火の役割からわたしが生まれた」
「先代そのものが戻ったわけではない」
「知識はある。でも、先代の記憶はない」
世界へ戻らない役割
ネアの手元に集まっていた銀青色の光が、いくつかに分かれた。
分かれた光はそれぞれ別の方向へ流れていく。
「死亡した精霊王の痕跡は、このように役割へ戻ります。個人としてまとまっていた流れがほどけ、次代が生まれるまで世界の中へ薄く残るのです」
「今回も、ほどけているのでは?」
ハルヴェンが言った。
「いいえ」
「何が違うんです?」
「世界へ戻っていません」
消えた先を追う
分かれていた光が止まる。
ネアが指を閉じると、光は一か所へ集まった。
「個人として存在していた形は失われています。ですが、役割も周囲の流れへ戻っていない」
「では、どこにある」
リグが尋ねた。
「それを調べています」
ネアは手を下ろした。
「完全に消えたのではありません。どこかへ移ったと考える方が自然です」
「精霊王を丸ごと移せるものがあるのか」
セトの問いに、ネアはすぐには答えなかった。
「分かりません」
「知らないのか」
シアが尋ねる。
「知識に、近いものはあります」
「では、それを使えばいい」
「近いだけです。今起きているものと同じかは、まだ分かりません」
「確かめるには?」
「消えた流れをたどります」
流れの先
ネアが探っているのは、精霊王の姿ではなかった。
精霊王が世界へ作用した痕跡だった。
火ならば熱。雷ならば放電。水ならば流動。
精霊王ほど大きな存在が長く同じ属性を担えば、周囲の原光にも偏りが残る。
その偏りを、過去から現在へたどっていく。
リグもネアとは別の方法で流れを探った。
原光へ細い雷を通し、どの方向へ流れやすいかを確かめる。
雷が自然に分かれる場所。急に弱まる場所。何かに引かれるように向きを変える場所。
何度繰り返しても、結果は同じだった。
「西へ戻っているわけではない」
リグが言った。
「北や南でもない」
「では、東か」
セトが尋ねる。
「大きな流れは東へ向かっている」
「古代兵器があった方角だな」
「ああ。ただし、ローディア王国の中で止まってはいない」
「もっと先か」
「そう見える」
東の海岸
ネアは、リグが通した雷とは別の流れを空中へ浮かべた。
何本もの細い光が、東へ向かっている。
まっすぐではない。
北や南へ逸れながらも、全体としては東へ集まっていた。
「ローディア王国より、さらに東です」
「海か」
ハルヴェンが尋ねた。
「大陸の東端には海岸があります。現在の流れだけを見れば、その付近である可能性が最も高いでしょう」
「場所が分かったのか」
シアが言う。
「可能性が高いだけです」
「でも、そこへ行けばいい」
「まだ行けません」
「なぜだ」
「流れは海岸へ届く前に、精霊王としての形を失っています」
形を失う力
ネアは複数の流れを近づけた。
銀青色。赤。紫白色。
それぞれ別の色を持っていた光が、途中から色を失う。
無色の原光へ戻ったわけではない。
光そのものが見えなくなっていた。
「ここまでは、それぞれ別の流れです」
ネアが言う。
「この先で、差がなくなっています」
「原光へ戻ったのではないのか」
「原光へ戻ったなら、周囲へ広がります」
ネアは色を失った場所の先へ指を動かした。
「ですが、この先には流れがありません」
「止まっている?」
「止まっているものがあるなら、そこに存在を感じます」
「では、何もない」
「何もないはずの場所へ、流れだけが入っています」
ハルヴェンが眉を寄せる。
「入ったものは、どこへ?」
「分かりません」
「出てこない?」
「少なくとも、同じものとしては」
リグが片膝をつき、地面へ手を当てた。
細い雷が走る。
雷はネアが示した流れへ入ると、急に形を失った。
音もない。光も残らない。
リグはすぐに手を離した。
「取られた」
試してはいけないこと
「どれくらいです?」
ハルヴェンが尋ねる。
「わずかだ。問題はない」
「何に取られたんです?」
「分からない」
リグは立ち上がった。
「だが、散ったのではない。俺とのつながりが途中で消えた」
「雷が消された?」
「雷だけではありません」
ネアが言う。
「原光へ戻ったなら、リグには流れを追えます。あれは、雷であることも、リグが放った力であることも失っています」
「同じところへ、精霊王も入った」
シアが言った。
「その可能性が高いです」
「なら、わたしが確かめる」
「何をするつもりですか」
「同じところへ力を入れる」
「リグとのつながりも消えました」
「わたしはセトとつながっている」
「だから戻れるとは限りません」
「今までは戻れた」
「今までと同じものではありません」
「では、同じか確かめる」
「確かめるために、戻れないかもしれない場所へ入るな」
セトが言った。
「戻れなければ、違ったと分かる」
「分かった時には遅い」
シアは不満そうに黙った。
リグが腕を組む。
「俺も反対だ」
「リグもハルヴェンとつながっている」
「つながりが守りになるかもしれないというだけだ。どこまで耐えられるか分からない」
「慎重だな」
「経験があると言え」
知識の底
ネアは、もう一度目を閉じた。
今度は周囲の流れではなく、自分の中へ意識を向ける。
精霊王は、生まれた時から知識を持っている。
属性の扱い方。
世界の基本的な構造。
自分が担う役割。
過去の同じ役割が残した技術。
だが、すべての知識を常に思い出しているわけではない。
必要になった時、関係する知識が浮かぶ。
知らないものを見た時、それに近い知識が引き出されることもある。
ネアの中には、原光の吸収や欠落に関する知識が多い。
原光を集める。反射する。偏らせる。散らす。
流れを一時的に絶つ。
自分が作る空白と、今見つけた空白が、どこまで同じなのかを探る。
しばらくして、ネアの眉がわずかに動いた。
「知っているのか」
セトが尋ねた。
「名前だけは」
ネアが目を開ける。
「何という」
ネアはすぐには答えなかった。
知識が曖昧なのではない。
言葉へ出す前に、その意味を確かめているようだった。
「眠りの王」
小さな声だった。
それでも、全員に聞こえた。
現象の眠り
「精霊王か」
セトが尋ねる。
「そう呼ばれています」
「役割名は?」
「ありません」
「イフリートやセレーネのような名前がない?」
「ええ。通常の精霊王とは異なります」
シアが首を傾げる。
「眠りを扱う精霊王ではないのか」
「人間を眠らせるようなものではありません」
「では、何を眠らせる」
「現象です」
「現象?」
「火が火として燃えること。水が水として流れること。雷が雷として走ること」
ネアは、先ほど色を失った流れへ目を向けた。
「それぞれが別の役割を持ち、別のものとして存在する状態を終わらせます」
「全部を止めるのか」
「止めるだけではありません」
「なくす?」
「違いをなくします」
シアは考え込んだ。
「火と水が同じになる?」
「最後には、どちらでもなくなります」
「原光へ戻すのとは違うのだな」
セトが言った。
「違います。原光へ戻れば、そこから再び分かれることができます」
「眠りの王へ入ったものは、分かれない」
「少なくとも、そのままでは」
原光を持たない王
ハルヴェンがネアを見る。
「眠りの王も、原光から生まれた精霊王なのですか」
「そこが曖昧です」
「分からない?」
「ある意味では、最も純粋な精霊王です」
「純粋?」
「精霊王は、原光から一つの役割へ分かれた存在です。火、月、雷、水。役割を得ることで、ほかとは異なる一個の存在になります」
ネアは自分の手を見る。
「眠りの王には、その分かれた先がありません」
「何の属性でもない?」
「ええ」
「なら、原光そのものか」
「原光すら持っていません」
セトはネアの言葉を待った。
シアも口を挟まなかった。
「原光を持たない。しかし、存在している」
ネアが続ける。
「そこに何もないことだけが、存在としてまとまっている。空白の精霊王と呼ぶ方が近いかもしれません」
境界のない空白
「闇とは違うのか」
セトが尋ねた。
黒刃も、原光を集めなかった結果として生まれる欠落だ。
原光を排除し、一時的な空白を刃の形へ固定する。
眠りの王も空白なら、黒刃やネアの力と近いように思える。
「近くはあります」
ネアが答えた。
「ですが、根本的に異なります」
「何が違う」
「わたしが扱う欠落には、境界があります」
ネアは指先へ小さな黒い点を作った。
周囲の原光が押しのけられ、指先だけが光を失う。
「どこからどこまで原光を絶つのか。何を吸収し、何を残すのか。わたしが理解し、分けているから、この空白はこの形で存在します」
黒い点は指先から離れ、小さな円になった。
円の外側には原光がある。
内側にはない。
境目がはっきりしていた。
「眠りの王には、この境界がありません」
「空白が広がり続ける?」
「広がるというより、触れたものを自分との区別がない状態へ変えます」
「ネアの空白は、外と中が分かれている」
セトが言う。
「眠りの王は、外にあるものを中へ入れて、同じものにする?」
「ええ」
ネアは黒い円を消した。
「わたしは光を絶ちます。ですが、あれには絶つべき光すらありません」
取り込まれた王たち
「では、ほかの精霊王は眠りの王に倒されたのか」
ハルヴェンが尋ねた。
「倒した、という表現は正確ではありません」
ネアが答える。
「戦った形跡がないからか」
「それもあります。しかし、眠りの王は相手を倒そうとはしません」
「何もしないのか」
シアが尋ねる。
「取り込みます」
「それは攻撃ではないのか」
「眠りの王からすれば、違うのでしょう」
「相手が嫌なら攻撃だ」
シアは即座に言った。
「その考え方は間違っていません。ですが、眠りの王に相手の意思を判断する部分があるかも分かりません」
「意思がない?」
「人格があるかどうかも不明です」
「精霊王なのに?」
「通常の精霊王ではありませんから」
リグがネアの前に残っている流れを見る。
「取り込まれた精霊王は、中で生きているのか」
「生きている、という言葉をどこまで当てはめるかによります」
「個人としては?」
「確認できません」
混ざる役割と人格
「役割は残っている」
「ええ」
「力も?」
「残っています」
「では、人格だけが消えた?」
「それほど単純ではありません」
ネアは三本の異なる色の流れを作った。
赤。銀青色。紫白色。
「精霊王は、役割と力と人格が完全に別々のものではありません」
三本の流れが、それぞれ人の輪郭を作る。
「火をどのように使うか。何を燃やし、何を残すか。それは役割だけでは決まりません。個人の判断が混ざります」
赤い輪郭が腕を伸ばす。
銀青色の輪郭は一歩下がる。
紫白色の輪郭は前へ踏み出す。
「同じ状況でも、シア、わたし、リグでは動き方が違います」
「わたしは前へ行く」
「俺も前へ行く」
リグが言った。
「同じではないか」
「俺は周囲を見る」
「わたしも見る」
「見たあと、お前はすぐ殴る」
「リグも雷を落とす」
「必要か確かめてからだ」
「わたしも必要だから殴る」
「二人とも、話を戻してください」
眠りと呼ばれる理由
ネアが言った。
「やはり似ているな」
セトが小さく言う。
シアとリグが同時にセトを見た。
「今はそこではありません」
ネアは三つの輪郭を近づける。
「眠りの王は、役割だけを奪って人格を捨てるのではありません。すべてを同じ場所へ入れます」
赤と銀青と紫白が重なった。
色が濁ることはなかった。
どれか一色になることもない。
境界だけが消えた。
腕の位置。顔の向き。立っていた場所。
すべてが分からなくなり、一つの形とも呼べない光になった。
「誰の力か分からない」
ハルヴェンが言った。
「誰の判断かも分からなくなります」
「中で話すことは?」
「話すためには、自分と相手が分かれている必要があります」
「分かれていないから、話せない」
「ええ」
「なら、眠っているのと同じか」
シアが言った。
ネアは頷いた。
「それが、眠りの王と呼ばれる理由です」
眠りの中の力
「死んでいるわけではない」
「役割も力も残っています」
「でも、起きてもいない」
「個人として働くことはできません」
「だから眠りか」
「ええ」
セトは境界を失った光を見る。
「眠りの王が、精霊王の力を使っているのか」
「使う、という意識があるかは分かりません。ただ、取り込まれた力は眠りの王の一部になります」
「大きくなっている?」
「おそらくは」
残った王たち
「何人取り込まれた」
「正確には分かりません」
「分かる範囲では」
ネアはしばらく黙った。
「少なくとも、リグとわたしが所在を確かめようとした精霊王の多くは、同じように流れが消えています」
「全員ではない?」
「個人としての輪郭を残している者もいます」
「無事なのか」
「それも分かりません」
ネアは別の細い流れを示した。
その流れは眠りの王へ消えてはいない。
だが、まっすぐ進むこともなく、不規則に揺れていた。
「形は残っています。しかし、流れが乱れています」
「原光を奪われた影響か」
「それだけではないかもしれません」
「眠りの王の影響も受けている?」
「可能性はあります」
ネアはそれ以上、断定しなかった。
眠りの王へ取り込まれずに残った精霊王も、以前と同じ状態とは限らない。
古代兵器によって原光を奪われた。
その結果、眠りの王が活性化した。
二つの異常を受けながら、それまでどおりでいられる保証はなかった。
敵ではないもの
「眠りの王は、東の海岸にいるのか」
セトが尋ねた。
「どこにでもいる、と言うことはできます」
「それでは探せない」
「原光の空白がある場所には、眠りの王の作用が現れ得ます」
「では、世界中にいる?」
「一つの身体が世界中へ広がっているのか、各地の空白が一つの存在としてつながっているのかも分かりません」
「だが、流れは東へ向かっている」
リグが言った。
「ええ」
「東に中核がある?」
「その可能性が最も高いでしょう」
ネアは東へ向かう流れを示した。
「ローディア王国よりもさらに東。大陸東端の海岸付近へ、取り込まれた流れが偏っています」
「なら、そこが眠りの王の本体だ」
シアが言う。
「本体と呼べるものがあるかも分かりません」
「一番多く集まっているところ」
「中核位置と呼ぶなら、そこが最も近いでしょう」
東の中核
「正確な場所は?」
「確定できません」
「なぜだ」
「そこへ届く前に、流れそのものの境界が消えるからです。海岸のどこなのか。海上なのか。地中なのか。それとも場所とは別のところへつながっているのか。そこまでは追えません」
「近くまで行けば分かる」
「近づけば、わたしたちも取り込まれる可能性があります」
シアが自分を指した。
「わたしたちは残った」
「残れたことと、中核へ近づいても無事であることは別です」
「セトとつながっている」
「そのつながりが、どの程度まで眠りの王へ抵抗できるかは分かりません」
リグも頷いた。
「俺とハルヴェンのつながりが切れない保証はない」
「切れたら、もう一度つなぐ」
「お前は簡単に言うな」
「できるかもしれない」
「できないかもしれない」
近づけない場所
セトが言った。
「対策なしでは行かない」
「でも、場所は分かった」
「最も可能性の高い場所が分かっただけだ」
「行かなければ確かめられない」
「近づく方法を考えてからだ」
「考えている間に、ほかの精霊王が取り込まれる」
「だから急いで考える」
シアはしばらくセトを見た。
「分かった。急いで考える」
安全とは言えない
ハルヴェンが周囲を見る。
「今いる場所も安全とは限らないのですよね」
「空白はあります」
ネアが答える。
「俺たちも、いつか取り込まれる?」
「否定はできません」
「安心できる言葉が一つもないですね」
「分からないことを安全だとは言えません」
「ネアらしい答えだ」
リグが言った。
「分からないのに大丈夫と言われるよりはいいでしょう」
「それはそうだ」
倒す方法
シアが腕を組む。
「なら、空白ごと殴る」
「何を殴るのです」
「何もないところ」
「手応えもありませんよ」
「広い範囲を全部殴れば、どこかに当たる」
「原光の空白では、炎を作る原光も足りません」
「先にためる」
「放った力も取り込まれる可能性があります」
「もっと多くためる」
「量の問題ではありません」
「では、近づいて殴る」
「最初へ戻っています」
シアは不満そうに黙った。
「倒す方法がないと言っているのか」
「まだ方法の話はしていません」
「あるのか」
「それを考えるには、眠りの王が何であるかを、もう少し確かめる必要があります」
敵意のない災害
「敵かどうかもか」
セトが尋ねた。
「敵意はないと思います」
「これだけ精霊王を取り込んでいるのに?」
「敵意と被害は別です」
ネアの答えに、ハルヴェンが頷いた。
「洪水や地震に、人間への敵意はありません。ですが、人は死にます」
「近いと思います」
「眠りの王は災害か」
「現象です」
「精霊王ではなく?」
「精霊王でもあります」
「どちらだ」
シアが尋ねる。
「両方です」
「分かりにくい」
「眠りの王自身が曖昧な存在なのです」
リグが境界を失った光へ近づいた。
「本人は、自分が何をしているか理解していると思うか」
「本人というものがあれば、ですが」
「呼びかければ答える可能性は?」
「低いでしょう」
「試す価値はある」
「どう呼びかけるのです」
「眠りの王」
「それは人間や精霊王が現象へ付けた呼び方です。本人の名前ではありません」
名前のない現象
「名前がないのか」
「役割名すら、正確にはありません」
シアが顔を上げた。
「では、眠りの王は自分とほかを分けていない?」
ネアはシアを見る。
「そうかもしれません」
「だから全部を自分へ入れる?」
「ええ」
「それなら敵ではない」
「シア?」
「敵なら、わたしたちと自分を分けている」
シアは境界を失った光を指した。
「これは、分けていない。敵だと思う部分もない」
「しかし、止める必要はある」
セトが言う。
「それはそうだ」
シアは迷わず頷いた。
「敵でなくても、嫌なことをするなら止める」
三人が残った理由
「一つ確認したい」
セトが言った。
「なぜ、シアとネアとリグは残っている」
三人の精霊王がセトを見る。
「原光の枯渇は三人も受けた。眠りの王も同じ世界にいる。それでも取り込まれていない」
「強かったからだ」
シアが答えた。
「ほかの精霊王も同じ程度には強いだろう」
「わたしの方が強いかもしれない」
「確認できない相手まで、自分より弱いことにするな」
「リグはどう思う」
セトが尋ねた。
「俺も考えていた」
「答えは?」
「精霊剣だろう」
リグはハルヴェンを見る。
「俺とネアとシアの共通点は、それしかない」
「三人とも、人間へ身を預けた」
ハルヴェンが言う。
「ええ」
ネアも頷いた。
「眠りの王に取り込まれなかった理由としては、最も可能性が高いでしょう」
人間側に残る境界
「剣になったこと自体が重要なのか」
「剣の形ではありません」
ネアはセトへ近づいた。
「精霊剣は、精霊王が人間へ身と力を預ける形態です。単に武器へ変わるのではありません」
「人間とつながる」
「ええ」
「それが、眠りの王から守った?」
「わたしたちの境界を、人間側にも残したのだと思います」
セトはシアを見る。
「俺の中に、シアの一部があるということか」
「力を取り込んでいる、という意味ではありません」
ネアが答える。
「シアがシアであるという認識です」
「わたしはシアだ」
シアが言った。
「ああ」
「セトも知っている」
「知っている」
「なら、わたしは残る」
シアは簡単に結論を出した。
「名前を覚えているだけでいいのですか」
ハルヴェンが尋ねる。
「名前だけではありません」
「では?」
「リグがどのように判断し、何を望み、誰へ身を預けたか。あなたはそれを知っています」
「全部ではありませんよ」
「全部である必要はないのでしょう」
ネアはリグとハルヴェンを見る。
「少なくとも、リグを雷の精霊王という役割だけではなく、一人の存在として認識している」
「当然です」
「その認識が、人間側へリグの境界を残しています」
「眠りの王がリグを取り込もうとしても、俺の側にはリグが残っている?」
「完全に取り込まれたあとでも戻せるかは分かりません。ですが、取り込もうとする作用に対して、別の側から境界を保つ力にはなったのでしょう」
預けられた存在
リグがハルヴェンの肩へ手を置く。
「俺が俺であることを、お前も持っていたということか」
「言い方が重いですね」
「嫌か」
「嫌ではありませんが、急に言われると困ります」
「ハルヴェンは俺へ身を預けているわけではない」
「そうですね」
「俺は預けている」
「知っています」
「なら問題ない」
二人を分けるつながり
「何の確認だったんです?」
リグは答えなかった。
シアがセトの隣へ立つ。
「セトも、わたしを持っている」
「その言い方だと、俺が所有しているように聞こえる」
「わたしが預けた」
「分かっている」
「ネアもだ」
「わたしまで一緒にしないでください」
「でも預けた」
「否定はしません」
セトは二人を見る。
「俺が二人を別々に認識しているから、残った?」
「おそらくは」
ネアが答えた。
「二本を同時に使っても、俺の中では別のままだ」
「ええ」
「極炎と絶光を混ぜて、一つの精霊剣にしようとはしていない」
「できるとも思わないでください」
増えた理由
「しない」
「それならよいです」
ハルヴェンが小さく息を吐いた。
「二人と精霊剣としてつながっていることが、また別の意味ですごくなってきましたね」
「戦闘で使えるだけではなかった」
セトが言う。
「二人が二人のままでいるためのつながりにもなった」
「やはり、二つの技よりそちらの方がおかしいです」
「まだ言うのか」
「今回は特に褒めています」
「前もそう言っていた」
「前よりも、褒める理由が増えました」
名前と境界
「個人名があることも関係するのか」
セトが尋ねた。
「可能性はあります」
ネアが答える。
「役割名だけでも、個体を示すことはできます。ですが、役割と個人を分ける名前があれば、境界はより明確になります」
「イフリートではなく、シア」
「ああ」
シアが頷く。
「セレーネではなく、ネア」
「ええ」
「ペルーンではなく、リグ」
「そうだ」
リグも答えた。
名前の由来
「ハルヴェンがリグという名前を付けたのか」
「いや。俺は以前から持っていた」
「誰にもらった」
「昔のことだ」
「覚えていない?」
「覚えているが、お前に説明する必要はない」
「なぜだ」
「長くなる」
同じではない
「ネアは二百十三年前のことを覚えている」
「そこで俺を見るな」
「リグが話したくないなら、聞かなくてよいでしょう」
ネアが言った。
「ネアは話すのか」
「話しません」
「二人とも同じだな」
「そこは似ていない」
リグがすぐに否定した。
「同じだ」
シアもすぐに返す。
セトは話を戻した。
「個人名を持たない精霊王は、取り込まれやすいのか」
「それだけで決まるとは思いません」
ネアが答える。
「名前がなくても、自分と他者を区別し、周囲から一個人として認識されていれば、境界は存在します」
「だが、名前があれば分けやすい」
「ええ」
「眠りの王は、名前も境界も奪う」
「奪うという意識があるかは分かりません」
「結果としては同じだ」
「そうですね」
呼び戻せない名前
セトは、眠りの王へ消えていく流れを見る。
「取り込まれた精霊王の名前を呼べば、戻せないのか」
ネアは黙った。
「分からない?」
「名前だけが残っていても、呼ばれる側が自分とほかを分けられなければ、応じられません」
「俺たちが覚えていても?」
「精霊剣として直接つながっていない相手です。外側から名前を知っているだけでは、足りない可能性が高いでしょう」
「なら、リグやネアが知っている相手も?」
「わたしたちが覚えていることと、相手の存在を預かっていることは違います」
「助けられないのか」
「まだ、そう決まったわけではありません」
ネアは断定しなかった。
助けられるとも言わなかった。
目覚めた原因
「眠りの王は、なぜ今まで動かなかった」
セトが尋ねた。
「眠っていたからだろう」
シアが答えた。
「なぜ眠っていたかという話だ」
「眠りの王だから」
「名前から決めるな」
「でも、合っている」
「結果はな」
ネアは、周囲へ戻り始めた原光を見る。
「眠りの王は、原光が十分にある状態では活性化できないのでしょう」
「空白だからか」
「ええ。原光が満ちていれば、大きな空白はすぐに周囲から埋められます」
ネアは空中へ黒い点を作る。
周囲の原光が流れ込み、黒い点はすぐに小さくなった。
「通常なら、欠落が生まれても一時的です」
「古代兵器が世界中から原光を吸った」
「その結果、本来なら埋まるはずの空白が残りました」
「空白が大きくなり、眠りの王になった」
「正確には、眠りの王という状態が活性化したのでしょう」
「古代兵器が作ったのか」
ハルヴェンが尋ねる。
「眠りの王そのものを作ったわけではないと思います」
「以前から存在した?」
「存在と呼べる状態ではなかったのかもしれません。原光が満ちている間は、空白としてまとまる前に埋められていたのでしょう」
「原光が減れば、どこにでも現れる?」
「小さな欠落がすべて眠りの王になるわけではありません。世界規模で流れが崩れ、空白同士が埋められなくなるほど広がったことが条件だと思われます」
戻らない眠り
「古代兵器は止まった」
シアが言う。
「原光も戻っている」
「ええ」
「なら、眠りの王も止まる?」
ネアは答えなかった。
「止まらないのか」
「分かりません」
「原光が戻れば空白は埋まると言った」
「通常の空白なら、です」
「眠りの王になったあとは違う?」
「すでに精霊王を取り込み、その力と役割を自分の一部にしています」
「空白なのに、力がある」
「そこが、最初の空白とは違います」
兵器を止めたあと
リグが東へ向かう流れを見る。
「古代兵器を止めるのが遅すぎたか」
「そうとは限りません」
ネアが言った。
「あの時点で止めなければ、さらに多くの原光が失われていました」
「止めても目覚めた」
「目覚めたあとに、原光の枯渇を止めることはできました」
「最悪よりはまし、か」
「ええ」
兵器が招いた結果
ハルヴェンが腕を組んだ。
「古代兵器を動かした者たちは、眠りの王のことを知っていたのでしょうか」
「可能性は低いでしょう」
ネアが答える。
「精霊王の継承知識にすら、明確には残っていない存在です」
「知らずに目覚めさせた?」
「古代兵器を利用することが目的だったのでしょう」
「原光を減らすためではない?」
「原光は、兵器を動かし、再生させるための力として吸収されていました」
ネアは少し考えてから続ける。
「世界から原光を奪うこと自体が目的だったとは限りません。兵器を使った結果として、世界の流れが崩れたのです」
誰も望まなかった結果
「知らなかったなら、仕方ないのか」
シアが尋ねた。
「仕方がないとは言っていません」
「結果を知らなくても、兵器を動かしたことは変わらない」
「ええ。ただし、意図して眠りの王を目覚めさせたのとは分けて考えるべきです」
「眠りの王も、精霊王を取り込むつもりで目覚めたわけではない」
セトが言った。
「意思があるかも分からないからな」
「では、誰も今の状態を目的にはしていない」
シアが言う。
「おそらくは」
「でも、起きた」
「ああ」
「なら、止める」
シアの答えは変わらなかった。
東へ消える線
ネアは、眠りの王へ向かう流れをもう一度確かめた。
原光は戻り続けている。
古代兵器が停止した直後よりも、はるかに安定している。
それでも、眠りの王へ入った流れは戻ってこない。
取り込まれた精霊王の役割も、個人としての形を取り戻さない。
「変わらないか」
セトが尋ねた。
「ええ」
「眠りの王は、今も取り込み続けている?」
「動いているという表現が正しいかは分かりません」
「取り込みは続いているのか」
ネアは一つの細い流れへ手を伸ばした。
それは、まだ完全には眠りの王へ入っていなかった。
個人としてまとまった形が、わずかに残っている。
だが、輪郭は薄い。
少しずつ、境界が崩れていた。
「これは誰だ」
リグが尋ねた。
「分かりません」
「役割も?」
「すでに複数の流れと重なっています」
「まだ取り込まれている途中か」
「おそらくは」
消える前に
シアが前へ出た。
「止められるか」
「ここから触れることはできません」
「東へ行く」
「対策なしでは行けないと言ったでしょう」
「でも、このままなら消える」
「ああ」
セトも立ち上がった。
「完全に取り込まれる前なら、できることがあるかもしれない」
「可能性はあります」
「では急ぐ」
シアが言った。
「ただし、何も分からないまま中核へ近づくのはなしだ」
「またそれか」
「俺たちまで取り込まれれば、助ける者が減る」
「セトは精霊王ではない」
「俺とのつながりが切れれば、シアとネアも危ない」
シアは黙った。
「リグ」
セトが呼ぶ。
「何だ」
「眠りの王へ入っていない精霊王の流れを、もう一度探せるか」
「やる」
「東以外へ残っている流れも含めてだ」
「ああ」
「ハルヴェンはリグと一緒に」
「分かりました」
「シアは、取り込まれかけている流れに変化があれば教えてくれ」
「分かった」
セトはネアを見る。
「ネアは眠りの王について、知識をもう一度探ってほしい」
「何を調べますか」
「近づいても取り込まれない方法だ」
「知識にあるとは限りません」
「それでも、何もないまま行くよりはいい」
「分かりました」
「俺は、今分かっている流れを地図にまとめる。東の海岸のどこまで絞れるか確かめる」
ハルヴェンがセトを見る。
「身体は大丈夫なんですか」
「座って調べるだけだ」
「その言い方をする人は、だいたい途中で無理を始めます」
知識にあるもの
「剣は使わない」
「今は信じておきます」
セトは、東へ消えていく細い流れを見た。
「ネア」
「はい」
「眠りの王を止める方法は、本当に知識にないのか」
ネアはすぐには答えなかった。
その沈黙を見て、セトは眉を寄せる。
「何か知っているのか」
「知識にあるものが、止める方法と呼べるのか分かりません」
「どういう意味だ」
ネアは、色も光もない流れの先を見る。
「眠りの王は、通常の敵とは違います」
「それは聞いた」
「倒せば終わるものでもありません」
眠りの先
「では、どうする」
ネアは答えなかった。
細い流れの輪郭が、また一つ薄くなった。
眠りの王には、はっきりとした姿がない。
声もない。
憎しみも、怒りも、世界を滅ぼそうとする意志もない。
世界のどこにでも生じ得る空白。
その中でも、最も多くの流れが集まるのは、ローディア王国よりさらに東。
大陸の果てにある海岸のどこか。
そこに中核がある可能性は高い。
だが、近づけば取り込まれる。
人間とのつながりによって境界を保ったシアたちでさえ、無事でいられる保証はない。
火も。水も。雷も。役割も。名前も。自分と他者を分ける境界も。
何も区別されない眠りの中へ、今も流れ続けている。
世界の原光は戻り始めていた。
それでも、一度目覚めた眠りは終わっていなかった。
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