エレメンタルクロス ~精霊の剣~ 第53話 八門

エレメンタルクロス ~精霊の剣~ 第53話 八門 エレメンタルクロス ~精霊の剣~
エレメンタルクロス ~精霊の剣~ 第53話 八門
エレメンタルクロス ~精霊の剣~
創作実験TOP作品紹介―― この剣はやがて、世界の向こう側にまで届く。 ―― 人が扱える精霊に、意志はない。火や光の力として術者に従う、粒子のような存在――それが、この世界の常識だった。白と黒。二種類の精霊を剣の形に固定する少年セトは、忌避…
エレメンタルクロス ~精霊の剣~ 第53話 八門 人物相関図

※人物画像・相関図の転載、再配布、改変利用はご遠慮ください。

八つの火

 炎が満ちた八つの場所から、赤い光が同時に伸びた。
 シア自身から一つ。
 身体の左右に並べた七個の分霊核から、七つ。
 放たれるまでの間は、ほとんどなかった。
 八つの射点が同じ瞬間に火を吐き、ネアのいた空間へ突き進む。

 音はなかった。
 岩を砕く響きも、空気を押しのける轟音もない。
 星の外では、赤い火だけが黒い空間を横切っていく。
 その向こうには、丸い星の青い縁が見えていた。
 だが、シアはそこへ目を向けない。
 八つの火が届く先にいる、黒い四翼だけを見ていた。

 ネアは黒い線を前へ伸ばした。
 一つ目の火がその線へ触れる。
 いつものように原光を受け取り、進む力を奪おうとする。
 しかし、受け入れられる量を越えた火が、黒い線の周囲へ広がった。
 ネアは制御を切り替える。
 取り込めないなら、返す。
 反射するように流れを反転させても、火の中心は押し返せなかった。

 その間にも残りの七つが近づいてくる。
 一つ目だけを相手にしていては、身体が焼かれる。
 ネアは横へ動いた。
 ところが、移動先にも別の赤い線がある。
 シアは八つを一度に放っただけだった。
 それだけで、一つの火から逃れるための道が、次の火の通り道になっていた。

 ネアの黒い四翼が開いた。
 火を消すのではなく、火から離れる。
 そのために必要なわずかな隙間を、ネアは探し始めた。

曲げるしかない

 ネアは黒い線を火の外側へ滑らせた。
 中心まで取り込むことはできない。
 反射させても、押し戻せない。
 ならば、進む向きを少しだけ変える。
 それと同時に自分も動けば、身体へ当たる場所から外せる。

 最初の火が、ネアの左を抜けた。
 二つ目は、身体を沈めてかわす。
 どちらも消したわけではない。
 後ろへ流れていく赤い火を見送る間もなく、三つ目が迫った。
 ネアは右へ黒い線を通す。
 火の中心がわずかに寄り、外側の熱が黒い四翼の膜へ触れた。

 翼が大きく揺れる。
 ネアの姿勢も少し崩れた。
 だが四翼は途切れず、身体を支える流れを保っている。
 ネアは残る火を見た。
 四つ目と五つ目が近い。
 片方を横へ逸らした先に、もう片方が伸びていた。

 ネアは二つの間へ身体を滑り込ませる。
 黒い線で一方の端をずらし、空いた幅へ肩を通す。
 遅れて衣装の長い裾が引き寄せられた。
 六つ目の火が、裾の先を焼く。
 布の形をした精霊力が赤く光って欠け、残った部分だけが後ろへ流れた。

 七つ目は、黒い翼の下を通り過ぎた。
 ネアはそこで進路を戻そうとした。
 しかし、身体を戻す先には八つ目がある。
 最初に放たれた八つの火は、途中で別々の判断を加えられたわけではない。
 それでも、八つの出発点から広がる火は、移動できる空間を分けていた。

 ネアは最後の一本へ黒い線を重ねた。
 進路がわずかに横へずれる。
 あと少し。
 身体をさらに引けば、かわしきれるはずだった。

左脚

 八つ目の火が迫る。
 ネアは上体を捻り、黒い四翼で身体を横へ移した。
 黒い線が赤い火の端へ触れ、進路を押す。
 火の中心が、ネアの身体の脇を通る方向へ移った。

 それで足りるはずだった。
 しかし、火の広がりはネアがずらした幅より大きい。
 身体を逃がしても、左脚が残っている。
 最後の赤い光が、膝の下へ触れた。
 防御膜がその場所で強く明滅する。
 続けて、脚全体へ火が流れ込んだ。

 ネアの左脚が焼き消えた。

 失われた場所から、血が噴き出すことはなかった。
 脚を形作っていた精霊力が赤い火へ飲まれ、輪郭を保てなくなる。
 先ほどまで脚があったところに、星の青い光が見えた。
 ネアの身体は、急に重さの釣り合いを失ったように傾く。

 赤い火は後方へ抜けていった。
 もうネアへ向かってこない。
 シアの周囲では七個の核が動き、次の方向へ向こうとしていた。
 撃ち終えた場所で止まったままではない。
 八つの火が一度外れたからといって、攻撃が終わったわけでもなかった。

 ネアは身体を回されながら、赤い四翼を見た。
 左脚が消えたことは分かっている。
 だが、失われた脚を追っても、目の前の火は止まらない。
 ネアの黒い四翼に原光が流れる。
 傾いた姿勢を戻すため、翼の片側だけが大きく開いた。

 まだ、相手は消えていない。
 ネアにとって重要なのは、その一点だった。

問題ない

 ネアの身体の回転が止まった。
 黒い四翼が上下の流れを整え、失った脚の分だけ傾いていた姿勢を戻す。
 左脚は戻らない。
 そこには、何もないままだった。
 ネアは足元を見なかった。

 飛べる。
 方向を変えられる。
 黒い線も伸ばせる。
 七個の分霊核も、周囲の原光を受け取っている。
 それならば、相手を消すための行動は続けられる。
 問題ない。

 痛みがなかったのか、痛みを無視したのか。
 ネア自身にも、その区別は必要なかった。
 普通なら失った身体へ向けるはずの注意が、最初からそこへ向いていない。
 赤い四翼が動けば、その次に火が通る場所を探す。
 赤い核がそろえば、今度は八つの光が放たれる場所を読む。
 それだけだった。

 シアはすでにネアへ向き直っていた。
 七個の赤い核が身体の周囲で向きを変える。
 赤い火が再び走った。
 さっきと同じように八つがそろい、ほとんど間を置かずに放たれる。
 ネアは残った脚を動かす代わりに、四翼で身体ごと移動した。

 ネアが進路の端を曲げる。
 シアの火が外れる。
 別の火が近づく前に、ネアはさらに横へずれた。
 左脚があった頃と比べ、飛行の方法は変わっていない。
 それでも、八つの火へ対処するのに余裕が生まれたわけではなかった。

 ネアは赤い核の並びを見た。
 七個の器と、中央のシア。
 同じ火が、同じ瞬間に放たれている。
 黒い四翼へ流れる原光が、わずかに向きを変えた。

八つの線

 ネアの七個の分霊核が動き始めた。
 身体のそばを巡っていた黒い玉が、左右へ広がる。
 一つずつ違う術を使わせるのではない。
 同じ操作を、七個の核と自分自身へ通す。
 シアが目の前で行ったことを、ネアも自分の属性で試そうとしていた。

 やったことはない。
 それでも、四翼から核へ原光が巡る感覚は分かる。
 核を一個ずつ動かす時とは違う。
 七個の器を、同じ一つの流れへつなげればよい。
 何を流すかは、シアとは異なる。

 シアの核は火を放った。
 ネアの核から伸びるのは、原光を曲げ、崩すための黒い線だった。
 七個の核が一斉にシアへ向く。
 ネアは右手を前へ伸ばした。
 黒い四翼の間に、八つの線が現れる。

 シアが赤い火で加速した。
 ネアの並べた核が何をするのか、まだ見えていない。
 ただ、先ほど自分が使ったのと同じ並び方であることは分かった。
 間合いを詰めて殴るつもりで、シアはまっすぐ進む。

 八本の黒い線が、同時に走った。

 最初の一本が、シアの正面に伸びる。
 シアは四翼の片側から火を放ち、身体を横へ送る。
 二本目は、その移動先を横切っていた。
 シアは身体を沈め、線の下へ入る。
 すぐに三本目が、下げた肩の前を通った。

 線は物を切るための刃ではない。
 触れた場所の原光へ作用する。
 シアには細かな仕組みなど必要なかった。
 その線を受ければ、ただでは済まない。
 赤い火が、向きを変えるためにもう一度短く噴き出した。

黒い線の隙間

 シアが黒い線の下を抜けた。
 だが、進んだ先には別の黒い線がある。
 ネアの七個の核はそれぞれ大きく動き回ってはいない。
 横に広がった射点から、同じ瞬間に線を伸ばしているだけだった。
 それでも、出発点が違えば触れる場所も変わる。

 シアは正面へ進むのをやめた。
 四翼の片側に火を集め、黒い線の間を横へ滑る。
 二本がすぐ近くを通り過ぎた。
 その隙間からネアの姿が見える。
 シアは右手を伸ばした。

 届かない。
 ネアが身体を動かしたのではない。
 シア自身の進路が、黒い線の外側に触れたことでわずかにずれていた。
 力を込め直して進もうとすると、別の線が近づく。
 シアは追うことを一度あきらめ、間合いを外した。

 次の瞬間、赤い核が向きを変える。
 八つの火がネアへ伸びた。
 ネアの八本の線も再び動いた。
 長い溜めはない。
 四翼の流れがそれぞれの核へ通り、次の攻撃が続く。

 黒い線と赤い火が交差した。
 ネアが火の進路を少し曲げる。
 シアは線をかわすため、火を噴いて横へ進む。
 火の一部が黒い線へ触れ、向きを変えた。
 だが線そのものが、火を受けて消えたわけではない。
 残った黒い流れが、シアの身体へ伸びてくる。

 シアはさらに加速した。
 正面からではなく、斜めに抜ける。
 黒い線が背後へ流れた。
 その時、最後の一本だけが、他の線と少し違う位置を通っていた。
 シアの左側には、もう避ける幅がほとんど残っていなかった。

かすめた線

 シアは左肩を引いた。
 しかし、最後の黒い線が、その手前へ届く。
 線が触れたのは左腕のほんの一部だった。
 焼けたわけでも、切られたわけでもない。
 見た目には、衣装の縁がわずかに揺れただけだった。

 シアはそのまま加速しようとした。
 だが左手の指先が、思ったように形を保たない。
 力を通した場所から、細い赤い光がばらばらに流れ出していた。
 手の輪郭が崩れ、指の先が消えかける。
 崩れは手首へ向かって広がった。

 シアは左腕を引き戻した。
 戻しても止まらない。
 黒い線はすでに通り過ぎているのに、触れた時に乱された原光の流れが、腕の中へ残っていた。
 赤い力を送り込んで形を保とうとする。
 しかし、送り込んだ力まで乱れ、腕の輪郭からこぼれていく。

 ネアはその様子を見た。
 わずかに触れた線が、相手の身体へ広がっている。
 火とは違う。
 外側から焼き尽くさなくても、身体を形作る流れが崩れれば、形は保てない。
 ネアは次の線を伸ばそうとした。

 シアは右手に火を集めながら距離を開いた。
 左腕の崩れは肘を越えた。
 そこから肩へ届けば、腕だけでは済まなくなる。
 崩れ始めた場所へいくら力を足しても、乱れが上へ進んでしまう。

 ならば、そこを残しておく必要はない。
 シアは左腕を見た。
 失うことへのためらいではなく、どこで断てば残る身体へ広がらないかを確かめるためだった。

左腕

 シアが右手を左腕の付け根へ向けた。
 その瞬間にも、赤い光の乱れは肩へ向かっていた。
 腕に流す力を止める。
 続けて、右の掌から細い火を走らせた。
 火は左腕の付け根を横切り、崩れの進む部分を身体から切り離した。

 左腕が離れる。
 残された腕には赤い火と黒い流れが混ざり、形が急速にほどけていった。
 シアの身体へ向かっていた乱れは、切断した場所で途切れる。
 切り離された部分は、そのまま暗い空間へ散った。
 シアは失った腕を追わなかった。

 身体の片側から重みがなくなり、進んでいた方向が少しずれた。
 赤い四翼が広がる。
 翼の流れを左右で変えると、姿勢はすぐに戻った。
 左腕はもうない。
 それでも右手は動く。
 四翼から火を放つことも、七個の核を使うこともできる。

 ネアは黒い線をもう一度伸ばした。
 シアは左腕のあった側へ身体を向け、翼の火で線から離れる。
 手で受けようとはしない。
 線を避けた直後、七個の赤い核がそろう。
 ネアへ向けて、八つの火が放たれた。

 ネアも即座に身体を動かした。
 残る右脚を動かすより先に、黒い四翼が進路を変える。
 火の端へ黒い線を触れさせ、わずかに曲げる。
 左脚がないことも、シアに左腕がないことも、互いの目的を変えなかった。

 直撃は避けなければならない。
 逆に、直撃さえしなければ続けられる。
 シアはそのように判断し、欠けた身体のままネアへ進んだ。

直撃の境界

 シアはネアの左側へ回った。
 失った左腕は戻らない。
 それでも、火を放つ方向は一つに限られていない。
 右手と四翼、七個の核がそろえば、八つの火は再び伸びる。
 ネアは黒い線を広げ、その火を横へ逃がした。

 今度の火は、ネアの残った右脚の近くを通った。
 ネアは脚を引くよりも、身体全体を動かす。
 火の外側が衣装をかすめる。
 わずかに形が崩れたが、身体の中心には届かなかった。
 火は外側を焼く。
 黒い線は、触れた場所から内部の流れを崩す。
 同じようにかすめても、残る影響が違う。

 ネアは、先ほどシアが左腕を切り離した場所を見た。
 触れた部分から崩壊が広がった。
 ならば、次はより身体の中心へ近いところを狙えばよい。
 しかし、その中心へ向けて一本の線を伸ばすだけでは、シアにかわされる。
 ネアは七個の核を身体に近い位置へ寄せ、次の射点を整えた。

 シアもネアの黒い核を見ている。
 線が出る前にその正面へ入れば、危険になる。
 ならば、線の外側から入り直す。
 シアは短く火を放ち、ネアの横へ移った。
 黒い核が向き直る。
 その瞬間、シアも七個の赤い核を同じ方向へ向けた。

 赤と黒が、一斉に走る。
 先に触れるか、先に外れるか。
 どちらも相手を消せる力を持っている。
 そして、どちらも相手から決定的な一撃を奪えていない。

 欠けた身体を見れば、互いの攻撃が届き始めたことは明らかだった。
 それなのに、戦いは終わらなかった。

八門と八門

 八つの火と八本の線が交わった。
 その外側へ、シアが滑る。
 ネアは進路をずらし、同じ距離を保とうとする。
 逃げている間に、七個の黒い核が向きを変えた。
 八本の線が再び伸びる。

 シアも七個の赤い核を動かした。
 先ほど放ったばかりの火と同じ術が、また八か所から走る。
 大きく構え直すことも、長く力を溜めることもない。
 四翼が外界から原光を取り込み、核と身体を一つの流れへつないでいる。
 撃つたびに核を満たし直すまで待つ必要はなかった。

 ただし、いくらでも力が湧くわけではない。
 連続して大きな火を放てば、蓄えられた原光は減る。
 それでも流れが途切れない限り、次の火を生むことはできる。
 出力を見極める余裕を捨て、シアは目の前の黒い翼へ向けて放ち続けた。

 ネアも同じだった。
 八本の線を伸ばした後、その向きを変えてもう一度放つ。
 すべてを同じ瞬間に動かせるからこそ、相手の通り道をまとめて塞げる。
 だが一本ごとに異なる術を選び、細かな動きを与えているわけではない。
 ネアは線が届く空間を選び直し、七個の核と自身を同じ方向へそろえた。

 赤い火を受ければ、身体が焼ける。
 黒い線へ触れれば、身体の流れが崩れる。
 互いにそれを知っている。
 だから止まることはない。
 かわした直後には次の攻撃が来る。
 一度離れても、距離を詰め直す間に別の八門が走る。

 星の縁で、赤い光と黒い線が何度も交差した。
 音のない場所で、戦いの間隔だけが短くなっていった。

逃げ道を狭める

 ネアは大きく横へ動くのをやめた。
 これまで、火が届くたびに離れた場所へ逃げていた。
 しかし、シアの八門はその先へ向き直る。
 距離を開けても、次の八つが届くまでの時間が少し延びるだけだった。

 ネアは火の間へ入った。
 一つを曲げ、残る火の通り道から身体を外す。
 その時には黒い核も、シアへ向きをそろえている。
 八本の線が走った。
 シアはネアの真正面にいたため、横へ逃げるしかない。
 そこには、黒い線が一本伸びていた。

 シアは急に速度を落とした。
 線が前を通り過ぎる。
 続けて四翼から火を噴き、別の角度へ飛ぶ。
 止まった場所へ、ネアの次の八本が伸びてきた。
 シアが避けたのを見てからではない。
 ネアはシアが止まりそうな位置へ、あらかじめ核を向けていた。

 シアは火を前方へ広げた。
 ネアが引く。
 だが、シアが狙ったのは今の位置だけではない。
 後退すれば火が広がる空間へ入るよう、七個の射点を横へ並べ直していた。
 ネアは後退をやめ、上方へ抜ける。
 そこへシア自身の火が伸びた。

 ネアは黒い線を重ね、火の端だけを横へ動かす。
 身体をさらに傾け、わずかな隙間を抜けた。
 シアはその直後に右手を伸ばした。
 届く前に、ネアの四翼が移動する。
 掴みかけた衣装が、指の先を抜けていった。

 互いに相手の動きを覚え、逃げる先を狭めていく。
 それでも、あと一歩が届かない。
 失った手足のことより、そのわずかな距離が二人を苛立たせていた。

欠けていく身体

 次の八門は、これまでより近い距離で交差した。
 ネアは黒い線を広げ、赤い火の通り道をずらす。
 そのうち一本が、ネアの右腕の外側を通った。
 身体ごとかわしたつもりだった。
 だが、腕だけが火の中へ残った。

 赤い光が右腕を包む。
 ネアは四翼で身体を引いた。
 肩の外側から先が、火の中に置き去りになる。
 失われた右腕は、赤い光の中で形を失った。
 ネアは残る左手を上げる。
 黒い核から、次の線が伸びた。

 シアは線をかわすため、斜め下へ移った。
 そこへネアの八本が走る。
 シアは四翼の火で方向を変え、線の一つを外す。
 別の一本が右脚へ触れた。
 その瞬間、脚の内側を通る原光が乱れ始めた。

 シアはさらに火を放つ。
 身体だけが先へ進む。
 右脚を形作っていた赤い流れは、その場で崩れ、もう元の形へ戻らなかった。
 シアの身体が横へ回る。
 四翼が流れを変え、回転を止めた。

 右脚がない。
 左腕もない。
 それでも七個の赤い核は残り、シアの周囲を動いている。
 ネアの右腕と左脚も戻らない。
 しかし、黒い四翼はまだ広がり、七個の核とつながっていた。

 二人が欠けた場所を見ることはなかった。
 欠けた場所を補うため、戦いを止めることもない。
 ネアは残った左手を向ける。
 シアは右手を伸ばす。
 それに合わせて、赤い火と黒い線が同時に走った。

 身体は少しずつ失われている。
 相手を消そうとする力だけが、失われずに残っていた。

過ぎた時間

 赤い火が走り、黒い線が交わる。
 八つの射点が向きを変えた直後には、次の攻撃が始まっていた。
 どちらも、長く構えることはしない。
 四翼の流れを通して核の向きをそろえれば、また同じ術を放てる。
 避けてから撃つまでのわずかな動きさえ、次第に短くなっていった。

 戦場は星の周囲を移動している。
 星の明るい側から暗い側へ入り、また光のある側へ抜ける。
 その間にも、シアはネアへ火を放ち、ネアは黒い線を伸ばした。
 昼夜の移り変わりを見上げる者は、そこにいない。
 二人の目が追っているのは、互いの翼と核だけだった。

 八門を続けて使えば、核の蓄えは減る。
 しかし四翼は動く間も原光を集め続け、途切れた流れをつなぎ直す。
 大きな一撃を避けた直後に、もう次の一撃が来る。
 力が少ない時には出力を落としてでも撃つ。
 それでも止められないなら、角度を変えてもう一度放つ。
 休むために距離を取る者はいなかった。

 どれだけの時間が過ぎたのか。
 何度八つの火を放ち、何度八本の線を伸ばしたのか。
 二人は数えていない。
 数えたところで、相手が消えるわけではないからだった。

 シアの左腕と右脚は戻らない。
 ネアの右腕と左脚もない。
 だが、互いの欠けた場所さえもう見ていなかった。
 次に相手の四翼がどう動くか。
 七個の核がどちらを向くか。
 それだけを見て、戦い続けていた。

肥大する光

 二人が戦っている場所から離れた暗い空間に、白い光があった。
 初めは遠くの星々と見分けがつかないほど小さかった。
 それが次第に広がり、星の光を隠し始める。
 近づいてくるだけではない。
 周囲に漂う原光が白い輪郭へ引き寄せられ、そのまま取り込まれていた。

 光は収まる気配を見せない。
 取り込んだ原光は白い身体の内側へ流れ、外側の輪郭をさらに押し広げる。
 一度広がった場所が縮むことはなく、重なった半透明の層が次々と増えていく。
 その表面には明るい場所と薄暗い場所が混在していた。
 重なった光の厚さが場所ごとに異なり、遠くから見ると不規則に膨らんでいる。

 それは、光の精霊王だった。

 かつて人間の姿に近かった身体は、もはやそう呼べる形をしていない。
 頭部に相当する膨らみが前方へ突き出し、その下には胴体らしき大きな塊が続いている。
 左右から伸びた部分も、腕と呼べるほど細くはなかった。
 膨れ上がった白い層の中で、部位の位置だけが人の身体を思わせる。

 人型ではない。
 しかし、何かに例えるなら巨人だった。
 その巨体に比べれば、シアとネアは遠くで明滅する二つの小さな点でしかない。
 四枚の白い翼は身体の背後へ大きく広がり、翼の端が星々を隠していた。
 羽ばたいてはいない。
 翼の全体で原光を集め、肥大した身体へ送り込んでいる。

 頭部に相当する場所の前面には、幅広い平らな部分があった。
 顔として整った輪郭はない。
 目や口に見える暗い場所もあるが、表情を読み取ることはできなかった。
 額に当たる部分だけでも、普通の人間が降り立ち、その上を歩き回れるほどの広さがある。
 そこへ立てば、巨大な存在の頭の上にいるとは思えないかもしれない。
 半透明の光に覆われた地面が、前後左右へ続いているように見えるはずだった。

 巨体の周囲で、白い光が何度も明滅した。
 原光が集まるたび、表面の別の場所が強く光る。
 その動きに一定の表情や感情はなかった。
 ただ、原光を集め続け、赤と黒の二つの光へ向かって近づいていく。
 近づくにつれて、遠い星を覆う白い輪郭が大きくなっていった。

 それでも、シアとネアは振り向かなかった。

見えない巨体

 シアが右手を伸ばす。
 八つの赤い火が、ネアの周囲へ広がった。
 ネアは左手を上げ、黒い線で火を曲げる。
 七個の黒い核が向きを変える。
 次の八本が走る前に、シアは身体を横へ滑らせた。

 その背後で、白い翼が広がっていた。
 巨大な四枚の膜が、何もない空間を埋めている。
 隠れるための動きなどしていない。
 巨体はそこにあるだけで、周囲の原光を集め続けていた。

 ネアは本来、広い範囲の原光を感じ取れる。
 シアも、遠くの大きな力を捉えられる。
 目の前の相手に出会うまでは、それを手掛かりに互いのところへ向かっていた。
 今も感じ取る力そのものが失われたわけではない。
 ただ、その情報へ意識を向けなくなっている。

 ネアが読むのは、シアが次に火を放つ場所だった。
 周囲の原光が大きく動いても、黒い線で触れるべきものは目の前にある。
 シアが見るのも、ネアの四翼が向きを変える瞬間だけだった。
 白い光が近づくことより、黒い翼がどちらへ逃げるかの方が重要だった。

 赤と黒が交わる。
 白い巨体の前で、二人の光はあまりに小さい。
 シアは火を放つ。
 ネアは黒い線を伸ばす。
 二人がそれぞれ次の八門へ向き直ったところで、背後の巨大な白い身体が動きを止めた。

 頭部に相当する場所が、わずかに二人へ向いた。
 白い身体の前面で、二か所の光が強く収束する。
 二人は、まだ互いを見ていた。

不意打ち

 白い光が二本、走った。
 シアへ一本。
 ネアへ一本。
 その光は、二人が放とうとしていた八門よりも先に届いた。

 シアの身体を白い線が貫いた。
 赤い四翼が大きく揺れる。
 同じ瞬間、ネアの身体にも別の白い線が突き刺さった。
 黒い四翼の間を通っていた原光が乱れ、伸びかけた黒い線が途中で途切れた。

 どちらも避けていない。
 相手の次の攻撃を見ていたため、その外側から来た光へ反応できなかった。
 身体を貫いた場所は大きく欠け、向こう側の暗い空間が見える。
 普通の肉体なら、そこで動きを止めていたはずだった。

 だが、四翼はまだ残っていた。
 貫かれた身体へ、外界から集めた原光が流れ込む。
 傷をすぐに塞げるわけではない。
 それでも、身体の存在を保つための循環までは完全に途切れていなかった。
 シアもネアも、消滅せずに残っていた。

 二本の白い光が通り過ぎる。
 その勢いで、シアの身体は斜めに弾かれた。
 失った右脚の側へ回転し、赤い核がそろっていた位置から外れる。
 ネアも別の方向へ押し出され、黒い四翼の向きが崩れた。
 黒い核が身体の周囲で散らばる。

 シアは四翼へ火を通した。
 いつもより弱い。
 それでも身体の回転を遅くすることはできる。
 ネアも黒い線を短くつなぎ、原光の流れを整えようとした。
 傾いた身体が、少しずつ元の向きへ戻っていく。

 二人はまだ、互いのいる方向を探していた。
 巨大な白い光が何であるかを確かめるより、目の前の相手へ向き直ろうとしていた。
 その間に、光の精霊王の四翼が再び広がった。

追撃

 白い巨体の前へ、周囲の原光が集まっていく。
 今度は二か所だけではない。
 白い身体の周囲に、細かな光の点が次々と生まれた。
 点はそれぞれ強く光り、やがて同じ方角へ向いた。

 シアは回転を止めかけていた。
 赤い四翼へ流す力は弱いが、身体の向きは戻りつつある。
 ネアの黒い線も、途切れていた場所からつながり始めていた。
 あと少し流れが整えば、再び飛べる。
 二人はそうするために力を集めていた。

 白い点が一斉に伸びる。
 光は途中から細かく散り、無数の線となって広がった。
 最初の二本ほど太くはない。
 だが、避けられる場所がなかった。
 白い線がシアとネアの周囲を埋め、四翼の膜へ何度も突き刺さる。

 シアが火を噴こうとした。
 赤い流れが翼から伸びかける。
 しかし、白い光がその途中へ重なり、集めた力が散った。
 四翼の一枚が大きく乱れ、戻しかけた身体の向きが再び崩れる。
 七個の赤い核も位置を保てず、身体の周囲へばらけた。

 ネアは周囲の原光を集めようとする。
 黒い線を伸ばせば、白い光の一部へ触れられるはずだった。
 だが、集めた原光を自分の四翼へ戻す前に、別の白い線が通り抜ける。
 つなぎ直そうとした循環が、また途切れた。
 黒い翼が揺れ、ネアの身体も回転を始める。

 さらに白い光が走った。
 シアとネアは、それぞれ別の方向から押し出された。
 どちらの進路も、星のある側へ大きく変わる。
 それまで星を巡っていた速さと向きは保てなくなった。
 重力に引かれても星の周囲を回り続けられた軌道から、二人の身体が外れていく。

 四翼は消えていない。
 しかし、軌道を修正するための力がもう出せなかった。

落下

 シアの身体が、星へ向かい始めた。
 少し離れた場所では、ネアも回転しながら同じ方角へ流されている。
 それまで二人は、星の周囲を進む速さを保ち、四翼で必要な分だけ向きを変えていた。
 今は、白い光によって進路を変えられ、その動きを取り戻せない。

 シアは赤い四翼へ力を送った。
 一瞬だけ翼の端が光る。
 だが、身体を押し戻せるほどの火は出なかった。
 回転を止めようとしても、片側へわずかに光が走るだけだった。
 七個の核は近くにある。
 それでも、そろえて八門を放つための流れを作れない。

 ネアも黒い四翼を動かした。
 一本の線が現れる。
 すぐに途切れる。
 別の場所から原光を取り込もうとしても、白い光で乱された循環がつながらない。
 身体の向きが変わり、星が視界の端から端へ流れていった。

 上方には、光の精霊王の巨体があった。
 遠ざかっているはずなのに、白い輪郭はなかなか小さくならない。
 あまりに大きかった。
 四枚の白い翼が、遠い星の光を隠している。
 その前面では、なおも原光が集まっていた。

 しかし、追撃がなくても二人は戻れなかった。
 星へ向かう速度が増していく。
 周囲にはまだ空気がなく、風に押されているわけでもない。
 軌道を変えられた身体を星の引力が捉え、その落下を四翼で止められなかった。

 シアはネアのいる方へ顔を向けようとした。
 ネアも赤い光を探していた。
 身体の形も、飛ぶための流れも崩れている。
 それなのに、二人の意識にはまだ相手を消すという判断だけが残っていた。

 星が大きくなる。
 大地と海の境が近づいてくる。
 二人の身体は、その方へ落ち続けた。

 完全な落下だった。


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エレメンタルクロス ~精霊の剣~
創作実験TOP作品紹介―― この剣はやがて、世界の向こう側にまで届く。 ―― 人が扱える精霊に、意志はない。火や光の力として術者に従う、粒子のような存在――それが、この世界の常識だった。白と黒。二種類の精霊を剣の形に固定する少年セトは、忌避…

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