召喚士が召喚した召喚士~基礎から始める召喚マネジメント講座~ 第9話 鳥百羽の報告書

召喚士が召喚した召喚士~基礎から始める召喚マネジメント講座~ 第9話 鳥百羽の報告書 創作実験
召喚士が召喚した召喚士~基礎から始める召喚マネジメント講座~ 第9話 鳥百羽の報告書

召喚士が召喚した召喚士~基礎から始める召喚マネジメント講座~TOPへ

召喚士が召喚した召喚士~基礎から始める召喚マネジメント講座~
創作実験TOP異世界ファンタジー召喚士ものLv1召喚士が呼び出したのは、Lv99召喚士だった作品紹介低位精霊を呼ぶだけの実習だった。見習い召喚士リオルは、水精霊を呼ぼうとして失敗する。崩れかけた召喚を止めようと補助札に触れた結果、召喚陣から…
召喚士が召喚した召喚士~基礎から始める召喚マネジメント講座~ 第9話 鳥百羽の報告書 人物相関図

 ※人物画像・相関図の転載、再配布、改変利用はご遠慮ください。

一 足取りではなく、流れ

 リグル村の仮設本部には、朝から紙と地図が積まれていた。

 燃えた二つの村。

 避難民の証言。

 赤竜が人を見ていたという記録。

 気配を消す盗賊。

 それらは昨日まで、別々の点だった。

 だが今は、一本の線になりかけている。

 赤竜が人間を探していた。

 ならば、人間側が何かをした可能性がある。

 その中で最も太い線は、赤竜から何かを盗んだ者がいること。

 そして、北東街道沿いには、気配を消す盗賊の噂がある。

 カイル・レイヴァンは、街道警備から届いた記録を机に並べた。

「気配を消す盗賊の足取りを追うには、人手が足りません」

 ミレイユ・グレインも記録板を抱えたまま頷く。

「ギルド側の護衛相談、盗難報告、魔力感知記録を照合していますが、点が散りすぎています。正式依頼になっていない相談も多く、追跡線としては弱いです」

 リオル・ロステルは、地図の上に散った小さな印を見た。

 盗難があった場所。

 盗賊らしき噂があった場所。

 荷馬車が立ち寄った休憩地。

 避難民が通った道。

 街道警備が巡回した地点。

 確かに、ばらばらだった。

「鳥を使いますか?」

 リオルが尋ねると、メルセナ・オルブライトはすぐに答えた。

「使います。ただし、探すのは盗賊本人だけではありません」

「本人だけじゃない?」

「はい。盗品があるなら、売られた可能性があります」

 メルセナは地図の街道沿いに指を滑らせた。

「気配を消す盗賊は、盗品そのものに強い執着を見せていません。危険な場所へ入ること自体に執着しているなら、盗んだ物を持ち続けるとは限りません」

 カイルが続ける。

「商人、古物商、荷馬車、休憩地、水場。盗品が流れる先を見ます」

「ギルド側では、怪しい古物の鑑定相談も照会します」

 ミレイユが記録板へ書き込んだ。

 リオルは少し考える。

「盗賊を探すんじゃなくて、盗んだ後の流れを探す」

「正確です」

 メルセナが頷く。

「鳥で広く見ます」

 その言葉に、リオルは自然と胸の前で手を合わせかけた。

 だが、メルセナがそれを止めた。

「その前に、契約を結びます」

「契約?」

「はい。十羽を超えて運用するための契約です」

「十羽を超えて」

「あなた単独では、鳥十羽前後が限界です。ですが、魔力維持の大部分を私が負担すれば、それ以上の運用が成立する可能性があります」

「何羽まで呼べるんですか?」

「分かりません」

 メルセナは即答した。

「分からないんですか」

「はい。あなたの魔力量、鳥たちがどれだけ応じてくれるか、委任後の維持負担がどこまで安定するか。それらを見なければ判断できません」

「じゃあ、やってみるしかない」

「正確です。ただし、無理はさせません」

 リオルは手を下ろした。

 今までの自分なら、呼べるだけ呼ぼうとしていたかもしれない。

 けれど今は、少し違う。

 来てくれることと、維持できることは別。

 見に行けることと、戻ってこられることも別。

 それを、考えなければならない。

「今回の形は、熊の時と逆です」

 メルセナが言った。

「熊の時は、私が召喚した熊を、あなたが一部指揮しました」

「はい。準委任でした」

「今回は、あなたが召喚した鳥を、私が調査指揮します」

「逆になるんですね」

「はい。召喚関係はあなた側に残します。鳥たちが応じる理由も、あなたとの関係性です。ただし、調査指揮は私へ委任します」

「魔力は?」

「委任契約や準委任契約では、使用する魔力量を双方で一割から九割まで分配できます」

 メルセナは地図の横に、簡易の契約陣を描いた。

「前回も今回も、基本は私が九割を負担します」

「先生が九割」

「はい。あなたは一割を負担します」

「ゼロにはならないんですね」

「なりません。召喚関係があなたに残る以上、完全に切り離すべきではありません。あなたの一割は、鳥たちとの繋がりを保つための魔力でもあります」

「僕は、鳥たちとの繋がりを持ったまま、先生に指揮を任せる」

「正確です」

「じゃあ、僕の役割は」

「召喚。呼びかけ。安心付け。負担確認。そして、必要なら中止を受け入れること」

「中止」

「はい。あなたの負担が上がりすぎれば、そこで止めます。鳥たちが嫌がっても止めます」

 リオルは小さく息を吸った。

「分かりました」

「では、十羽ずつ呼んでください。十羽ごとに、調査指揮を私へ委任します。魔力負担は、私が九割、あなたが一割です」

「どこまで増やすんですか?」

「あなたと鳥たちの負担を見ながら決めます」

「最初から数を決めないんですね」

「決めません。数だけを先に決めると、召喚対象にも召喚士にも無理をさせます」

 リオルは頷いた。

「来てくれる子だけ。続けられるところまで」

「はい。それが今回の運用です」

二 十羽ずつ

 リオルは外へ出た。

 仮設本部の前に広がる草地には、簡易の召喚陣が描かれている。

 その周囲に、メルセナ、カイル、ミレイユが立つ。

 空は晴れていた。

 煙は遠くに残っているが、風は弱い。

 鳥たちを飛ばすには、悪くない。

 リオルは胸の前で手を合わせた。

「来られる子だけでいい」

 淡い光が足元に広がる。

「怖い場所へは行かなくていい。煙が濃いところや、危ないところには近づかなくていい。見たものを覚えて、戻ってきて」

 一羽。

 二羽。

 三羽。

 小鳥たちが召喚陣から現れる。

 羽の色も、大きさも、少しずつ違う。

 十羽が揃ったところで、メルセナが静かに右手を上げた。

「第一班、調査指揮を受け取ります」

 リオルは頷いた。

「第一班の調査指揮を、メルセナ先生へ委任します。魔力負担は、先生が九割、僕が一割です」

 召喚陣の光が少しだけ変わった。

 同時に、リオルの肩から重さが抜ける。

「……軽くなりました」

「魔力維持の九割はこちらで負担しています」

「本当に違います」

「ただし、あなたの一割は残っています。負担が積み上がれば、そこで止めます」

「はい」

 メルセナは鳥たちを見る。

「あなたたちは、人の集まる場所を見てください。水場、休憩地、道の曲がり角、荷馬車が止まる場所。人が人目を避ける場所。何かを渡している場所。無理に近づかず、見たものを覚えて戻ること」

 鳥たちは首を傾げた。

 メルセナは少し言い換える。

「水のところ。車が止まるところ。木のかげ。人がこそこそするところ。ものが、こちらからあちらへ移るところ」

 数羽が、小さく鳴いた。

 リオルは驚いた。

「先生、鳥に合わせて言い直してるんですね」

「はい。指示は、相手に通る形で出します」

「人間向けの依頼文じゃ駄目なんですね」

「駄目です。鳥に『盗品の流通経路を確認してください』と言っても、鳥は困ります」

「それは僕でも少し困ります」

「あなたは、もう少し困らないようになってください」

「はい」

 第一班が飛び立つ。

 続いて、リオルは第二班を呼ぶ。

 また十羽。

 また、リオルは呼びかける。

 怖ければ戻ること。

 煙に入らないこと。

 竜を見ても近づかないこと。

 見たものを覚えて戻ってくること。

 第二班の調査指揮がメルセナへ委任される。

 魔力負担が、メルセナ九割、リオル一割へ移る。

 メルセナは第二班にも、鳥に通る言葉で行き先を伝えた。

 水のところ。

 車が止まるところ。

 木のかげ。

 人がこそこそするところ。

 ものが、こちらからあちらへ移るところ。

 第三班。

 第四班。

 第五班。

 鳥が増えていく。

 空に、点が増えていく。

 リオルは汗をかいていた。

 それでも、倒れそうな重さではない。

 いつもなら十羽で詰まるところを、メルセナが支えている。

 自分が呼ぶ。

 先生が支える。

 先生が、鳥に分かる形で指揮する。

 それが、今の運用だった。

「まだ続けられますか」

 第六班を終えたところで、メルセナが尋ねた。

「はい。少し重いですけど、まだ大丈夫です」

「鳥たちは」

 リオルは空を見た。

 鳥たちは、嫌がってはいない。

 むしろ、呼ばれたことを不思議がりながらも、空へ散っていく。

「大丈夫そうです。怖がってる子は戻します」

「よい判断です」

 第七班。

 第八班。

 第九班。

 リオルの一割負担は、確かに積み上がっていた。

 胸の奥に、薄い重さがある。

 だが、限界ではない。

 鳥たちとの繋がりは切れていない。

「第十班、調査指揮を受け取ります」

 メルセナが最後の班を受け取った時、空には百羽の鳥がいた。

 リオルは息を吐いた。

「百羽……」

「成立しましたね」

 メルセナが言った。

「僕、そんなに呼べたんですか」

「あなた一人の魔力量で維持しているわけではありません」

「はい。それは分かります」

「ですが、呼んだのはあなたです」

 リオルは空を見上げた。

 百羽の鳥が、十の流れに分かれていく。

「どうして、こんなに来てくれたんでしょう」

「おそらく、あなたの関係性が個体で止まっていないからです」

「個体で止まっていない?」

「親鳥。その雛。さらにその雛。同じ餌場にいた鳥。近くの群れ。あなたに応じた鳥の周囲にいる鳥たちへ、関係が広がっている可能性があります」

「僕が直接知っている鳥だけじゃない」

「はい。ただし、これは推測です」

「推測」

「実際に百羽が応じた。その結果から見た推測です。最初から百羽呼べると分かっていたわけではありません」

 リオルは、空を飛ぶ鳥たちを見た。

 自分が呼んだ。

 けれど、自分だけで支えているわけではない。

 自分が知っている鳥だけが来たわけでもない。

 関係が、思っていたより広かった。

「僕が呼び、先生が支えて、先生が使える形にする」

「はい」

 メルセナは地図を広げた。

「ここからが本番です」

三 十チームの空

「百羽を十羽一組、十チームにします」

 メルセナは地図の上に十の印を置いた。

「第一班、ロウゼ村周辺。第二班、カンナ村周辺。第三班、北東街道北側。第四班、北東街道南側。第五班、休憩地と水場。第六班、古物商が立ち寄る市周辺」

 ミレイユがそのまま記録する。

「第七班、避難民の移動路。第八班、荷馬車の迂回路。第九班、森の縁と山側へ続く地形。ただし、焼け跡の奥や熱の残る場所には近づかない。第十班、予備、連絡、再確認」

「熱いところには行かせないんですね」

 リオルが確認する。

「行かせません」

 メルセナは即答した。

「今回は赤竜を探す調査ではありません。人と荷の流れを見る調査です」

「はい」

「各班は十羽一組。先頭、左右、後続、戻り役を作ります。見落としを減らし、迷子を避けるためです」

 カイルが地図を見ながら言う。

「最初から五羽ではないのですね」

「最初は目印合わせが必要です」

 メルセナは答えた。

「鳥の目印と人間の地図は違います。鳥は川の光り方、屋根の色、木の形、風の流れで覚えます。人間は村名と街道名で記録します」

 リオルは思い出した。

 鳥にとっての道と、人間にとっての道は違う。

 鳥は地図を見て飛ぶわけではない。

「太陽が最も高くなったら、各班は五羽ずつに分かれてください」

「鳥たち、正午って分かるんですか?」

「人間の時刻は分かりません。だから太陽の高さで伝えます」

「太陽が一番高くなったら」

「はい。鳥に通る言葉で指示します」

 カイルが頷く。

「十羽で広く、太陽が高くなった後は五羽で細かく」

「はい」

 ミレイユが記録欄を二つに分けた。

「太陽が高くなる前の報告と、その後の報告で分けます」

「お願いします」

 リオルは空を見上げる。

 鳥たちが、広がっていく。

 百羽。

 ただの数ではない。

 班があり、役割があり、戻る条件がある。

 見に行くものと、見に行かないものがある。

 数が力になるのは、整理する人がいる時だけなのだと、リオルは少しずつ分かり始めていた。

四 ぷくぷく

 最初の報告は、思ったより早く戻ってきた。

 一羽が仮設本部の窓枠に止まり、胸を膨らませた。

「ぷくぷく」

 リオルは一瞬、止まった。

「人?」

「ぷくぷく。目、細い」

「人ですね。たぶん」

 ミレイユが記録板を構える。

「鳥の表現、ぷくぷく。リオルさんの解釈、体格が丸い人物の可能性」

「たぶん、で記録してください」

 メルセナが言った。

「断定しないでください」

「はい」

 次の鳥が戻る。

「赤い包み」

 別の鳥。

「馬、嫌」

 さらに別の鳥。

「熱い。嫌」

 リオルは両手を上げた。

「待って、順番に、順番に」

 鳥は待たない。

「羽みたい」

「水のところ」

「人、こそこそ」

「赤い布」

「ぷくぷく」

「馬、ぷん」

「道じゃない道」

 リオルは頭を抱えそうになった。

「先生、無理です」

「人、荷、馬、場所で分けます」

 メルセナは平然としていた。

 ミレイユが記録欄を素早く作る。

「人物特徴、荷物特徴、動物反応、場所、時間。鳥の原文、リオルさんの解釈、人間側の照合結果の三欄にします」

「鳥の原文って、ぷくぷくとかですか」

 リオルが聞く。

「はい」

 メルセナが答える。

「重要です」

「ぷくぷくが重要」

「はい」

「本当に?」

「本当に」

 カイルが報告書を覗き込む。

「鳥の『ぷくぷく』は体格ですか」

「たぶん」

「たぶん、で記録します」

 ミレイユが淡々と書いた。

 鳥たちは、次々に戻ってくる。

 人間なら「北東街道の第三休憩地で、丸顔の商人が赤布で包んだ荷を積んでいた」と言うかもしれない。

 だが、鳥はそう言わない。

 ぷくぷく。

 目、細い。

 あごの毛。

 赤い包み。

 馬が嫌がった。

 熱い。

 羽みたいな模様。

 水の近く。

 大きい車。

 森じゃなくて道。

 それだけだった。

 それだけなのに、メルセナは捨てない。

 並べる。

 分ける。

 同じ言葉を重ねる。

 違う言葉を離す。

「鳥の報告を、報告書にするんですか?」

 ミレイユが確認する。

「します」

「そのまま?」

 リオルが聞いた。

「そのままでは使えません。鳥の表現、召喚士の解釈、人間側の照合。この三つを分けます」

 カイルが頷いた。

「証言と分析を混ぜない」

「はい」

 リオルは記録板を見た。

 そこには、確かに「ぷくぷく」と書かれていた。

 その横に、「体格が丸い人物の可能性」と書かれている。

 さらに横には、まだ空欄の照合欄がある。

 ぷくぷくは、まだ証拠ではない。

 けれど、消されてもいない。

 報告書になるための場所を与えられていた。

五 赤い包みと黒ずくめ

 太陽が高くなる頃、鳥たちは五羽単位へ分かれた。

 午前中に見た水場、休憩地、街道の曲がり角、森沿いの道。

 それぞれを、より細かく見に行く。

 太陽が高くなった後の報告は、午前よりも輪郭がはっきりしていた。

「ぷくぷく。赤い包み。水のところ」

「目、細い。あごの毛」

「馬、嫌。荷、熱い」

「黒い人。見えにくい」

 リオルは顔を上げた。

「黒い人?」

 鳥は小さく羽を震わせる。

「木のかげ。すぐ、いない」

「すぐいない?」

「いた。いない。いた」

 リオルは眉を寄せた。

「見失いかけた、ってことかな」

「原文と解釈を分けてください」

 メルセナが言った。

 ミレイユはすぐに記録する。

「鳥の原文、黒い人、見えにくい、木のかげ、いた、いない、いた。解釈、木陰にいた黒ずくめの人物。鳥が一時的に見失いかけた可能性」

 別の鳥が窓枠へ降りた。

「赤い包み、黒い人から、ぷくぷくへ」

 リオルは息を止めた。

「赤い包みを、黒い人がぷくぷくの人に渡した?」

 鳥は首を傾げてから、短く鳴いた。

「渡した」

 さらに別の鳥が鳴く。

「小さい袋、ぷくぷくから、黒い人へ」

「小さい袋?」

「ちゃり」

 リオルはカイルを見た。

「お金、ですか?」

「可能性は高いです」

 カイルの声が低くなった。

 ミレイユは記録板へ線を引く。

「鳥の原文、赤い包み、黒い人からぷくぷくへ。小さい袋、ぷくぷくから黒い人へ。ちゃり。解釈、赤い包みと金銭らしき小袋の交換を目撃した可能性」

「ただし、鳥は取引という概念で報告していません」

 メルセナが言った。

「物の移動を見た、という記録です」

「それでも、かなり強いですね」

 カイルが言う。

「はい。ただ、商人を確認するには人物特定が必要です」

 リオルは鳥たちへ、黒ずくめの人物のことをもう少し尋ねた。

「その黒い人、どんな人だった?」

「黒い」

「黒い髪」

「黒い布、ぼろぼろ」

「黒い服」

「光るの、腰」

「足、音ない」

「見張りの近く。平気」

 リオルは少しずつ言葉を拾った。

「黒髪。ぼろぼろの黒いマント。黒い服。腰に短剣みたいなもの。足音がほとんどしない。見張りの近くでも慌てていない」

 カイルの表情が変わった。

「街道警備の噂と一致します」

 ミレイユも頷く。

「気配を消す盗賊の特徴として残されていた断片とも合います」

 メルセナは地図の水場に印を置いた。

「商人と、気配を消す盗賊らしき人物が接触し、赤い包みと金銭らしき袋を交換した可能性がある。ここまでを調査線とします」

「盗賊本人ですか?」

 リオルが聞く。

「まだ分かりません」

 メルセナは即答した。

「ただし、ただの通行人ではありません」

 カイルは地図の第三水場を見た。

「黒ずくめの人物を追いますか」

「追いません」

 メルセナの答えは早かった。

「追わないんですか?」

 リオルが驚く。

「今すぐには、です。気配を消す盗賊らしき人物は、そもそも見つけにくい。鳥の報告でも、黒い、見えにくい、足音がない、という印象が強く、人物特定に使える情報は少ない」

「黒髪で、黒い服で、ぼろぼろの黒いマントで、短剣みたいなものを持ってる」

「はい。ですが、その情報だけでは候補が広すぎます。しかも相手は、見張りや番犬を抜けるほど隠れることに長けています」

 メルセナは、地図上の別の印を指した。

「一方で、商人側は情報が多い」

 ミレイユが記録を確認する。

「ぷくぷく。目が細い。あごひげ。赤い包み。荷馬車。第三水場。古物鑑定相談。馬が嫌がった荷」

「はい」

 メルセナは頷いた。

「さらに、赤い包みは黒ずくめの人物から商人へ移っています。もし盗まれた物を押さえるなら、今追うべきは商人です」

「盗賊より、物を追う」

「正確です」

 カイルも頷いた。

「盗賊本人を追えば、逃げられる可能性が高い。だが、荷馬車を持つ商人なら街道記録に残る。検問にもかかる」

「そして、盗品らしき物を持っている可能性がある」

 リオルが言う。

「はい」

 メルセナは言った。

「赤竜が探しているのが盗まれた物なら、先に押さえるべきは人ではなく物です」

「商人が犯人だからじゃなくて」

「物に近いからです」

 リオルはゆっくり頷いた。

 黒ずくめの人物は、確かに怪しい。

 だが、怪しいから追うのではない。

 今追えるものを追う。

 今押さえられるものを押さえる。

 それが、調査だった。

六 人相書き

 鳥たちの報告は集まっていた。

 ぷくぷく。

 目、細い。

 あごひげ。

 赤い包み。

 馬が嫌がった。

 熱い荷。

 黒ずくめの人物。

 木のかげ。

 赤い包み、黒ずくめの人物からぷくぷくへ。

 小さい袋、ぷくぷくから黒ずくめの人物へ。

 ちゃり。

 情報は多い。

 だが、それだけでは人間側の記録と結びつけるには足りなかった。

「鳥たちは、顔を覚えているんですよね」

 リオルが尋ねると、メルセナは頷いた。

「覚えています。特に、自分にとって印象の強い人間はよく覚えます」

「じゃあ、この人、って分かるんじゃないですか?」

「鳥同士なら分かるでしょう。ですが、人間の記録にある名前や商会名とは結びつきません」

「あ……」

「鳥にとっては、ぷくぷくで、目が細くて、あごひげで、赤い包みを持っていた人です。人間側では、どこそこの商人、何某商会の誰々、という記録になります」

 メルセナは紙を一枚取った。

「その間を繋ぐために、人相書きを作ります」

「鳥に見せるんですか?」

「はい。鳥たちが覚えている顔を、人間側の記録へ変換するための補助です」

 メルセナは炭筆を持った。

 綺麗な絵ではない。

 顔を飾るためのものでもない。

 特徴を拾うための線だった。

 丸い頬。

 細い目。

 短いあごひげ。

 厚い首。

 荷を抱える時の肩の下がり方。

 メルセナは最初の人相書きを鳥へ向けた。

 鳥は首を傾げた。

「ぷくぷく」

「見た人ですか?」

 リオルが聞く。

「ちがう。ぷくぷく、ちがう」

「ぷくぷく具合が違うみたいです」

「分かりました」

 メルセナは輪郭を描き直した。

 頬をもう少し丸くする。

 顎を少し短くする。

 首元を太くする。

 鳥が羽を膨らませた。

「もっとぷくぷく」

「もっとだそうです」

「では、さらに」

 メルセナは迷わず直した。

 ミレイユが横で記録する。

「鳥の反応、初稿は不一致。修正点、輪郭、頬、首回り」

 次に、メルセナは目を描いた。

 鳥がすぐに鳴いた。

「目、細い」

「もっと細い?」

「細い。目、細い」

「はい」

 目を細くする。

 眉の位置を下げる。

 目尻を少し上げる。

 別の鳥が近づいてきた。

「あごひげ。あごひげ」

「ひげが足りないみたいです」

「短いですか。濃いですか」

 リオルが鳥に聞く。

 鳥は嘴で自分の胸元をつつくような仕草をした。

「あご。黒い。ちょこ」

「顎に短く濃い髭」

 メルセナは頷き、あごの線を濃くした。

 鳥たちが少し騒がしくなる。

「ぷくぷく」

「目、細い」

「あごひげ」

「赤い包み」

 リオルは人相書きを見た。

 最初より、確かに顔になっている。

 ただの丸い商人ではない。

 鳥たちが見た誰かに、近づいている。

 だが、メルセナはまだ筆を止めなかった。

「鳥が見たのは正面とは限りません。横顔も作ります」

「横顔も?」

「はい。荷を受け取る時、鳥は横から見ていた可能性があります」

 メルセナは二枚目の紙に、横顔を描いた。

 丸い頬。

 細い目。

 短いあごひげ。

 少し下がった肩。

 赤い包みを受け取る手。

 それを見た瞬間、窓枠の鳥が大きく鳴いた。

「こいつ」

 リオルは顔を上げた。

「え?」

「こいつ。見た」

 別の鳥も続いた。

「ぷくぷくそっくり」

「目細い」

「あごひげあごひげ」

「赤い包み」

「こいつ、そっくり」

 鳥たちの反応が、一気に強くなった。

 メルセナは筆を置く。

「これで候補を絞れます」

 カイルが人相書きを受け取った。

「街道警備の記録に照会します」

 ミレイユも通信水晶へ手を伸ばす。

「ギルド側では、古物鑑定相談の受付記録と照合します」

 リオルは人相書きを見た。

 鳥たちは顔を覚えていた。

 ただ、人間の名前では覚えていなかった。

 ぷくぷく。

 目が細い。

 あごひげ。

 赤い包み。

 その断片を、人間の記録へ繋げるために、メルセナが顔へ戻したのだ。

「鳥の報告だけでは、名前には届きません」

 メルセナが言った。

「ですが、鳥は見たものを覚えています。こちらが、鳥の記憶に合う形を作ればいい」

「鳥に分かる形で確認する」

「はい」

 リオルは小さく頷いた。

 報告書だけではない。

 人相書きも、翻訳なのだ。

七 赤い包みの商人

 黒ずくめの人物ではなく、商人を追う。

 リオルには、最初それが少し不思議だった。

 だが、地図を見れば理由は分かった。

 黒ずくめの人物は、鳥でさえ見失いかけている。

 名前もない。

 行き先もない。

 荷馬車もない。

 残った特徴は、黒い髪、黒い服、ぼろぼろの黒いマント、腰の光るもの、静かな足音。

 怪しい。

 だが、追いにくい。

 一方で、商人には荷馬車がある。

 水場を通った記録がある。

 古物鑑定相談の記録がある。

 そして、赤い包みを受け取った可能性が高い。

 もし赤竜が探しているものがその包みの中にあるなら、先に押さえるべきは商人だった。

 人相書きは、すぐに街道警備へ回された。

 結果が戻るまで、長くはかからなかった。

「該当者がいます」

 カイルは人相書きと街道記録を並べた。

「北東街道の第三水場を昨日午後に通過した商人。丸い体格、細い目、短いあごひげ。荷馬車一台。赤布で包んだ古物を積んでいたとの記録があります」

 ミレイユも通信水晶から顔を上げる。

「ギルド側にも一致する相談記録があります。古物鑑定の事前相談。登録商人ではありませんが、名前は残っています」

「鳥の報告との一致点は」

 メルセナが尋ねる。

 ミレイユは記録を読み上げる。

「体格、目、あごひげ、赤い包み、水場、馬が荷を嫌がった反応。加えて、木陰で黒ずくめの人物と接触した可能性」

 カイルが続ける。

「鳥の報告では、赤い包みが黒ずくめの人物から商人へ。小袋が商人から黒ずくめの人物へ移っています」

「商取引の可能性が高いですね」

 メルセナは言った。

「ただし、盗品と知っていたかは別です」

「はい」

 カイルが頷く。

「商人を確認します」

「荷も確認してください」

「承知しました」

 リオルは記録板を見る。

 鳥の原文。

 リオルの解釈。

 人相書き。

 街道記録。

 ギルド記録。

 それらが重なって、一人の商人へ近づいていた。

 それでも、メルセナは犯人とは言わない。

 取引した可能性が高いこと。

 盗品と知っていたかどうか。

 その二つを、まだ混ぜていなかった。

八 風の翼、火の熱

 商人が確保されたのは、夕方近くになってからだった。

 場所は北東街道の検問所。

 カイルが王国側の権限で荷を確認し、ミレイユがギルド記録を照合した。

 商人は丸い体格で、細い目をしていた。

 短いあごひげもある。

 リオルは、鳥たちの報告を思い出して、少しだけ気まずくなった。

 ぷくぷく。

 かなり合っていた。

「待ってくれ。ただ買っただけだ」

 商人は汗を拭きながら言った。

「珍しい古物だって言われて、買っただけで。盗品だなんて知らなかった」

「知っていたかどうかは後で確認します」

 メルセナが言った。

「今は荷を見ます」

「俺は本当に」

「黙っていてください」

「はい」

 商人はすぐに口を閉じた。

 荷の奥から、赤い布で包まれたものが取り出される。

 布を開いた瞬間、リオルは一歩下がった。

 熱い。

 火が見えるわけではない。

 けれど、近くにいるだけで、肌の表面が焼けるような気配がある。

 布の中にあったのは、古い魔道具だった。

 腕輪にも、短い杖にも見える。

 金属とも石ともつかない材質。

 表面には、翼の意匠が刻まれている。

 だが、その翼の溝には、焦げたような赤黒い筋が走っていた。

「これ、羽ですか?」

 リオルが尋ねる。

 ミレイユが慎重に記録する。

「翼の意匠ですね。古い風属性の魔道具によく使われます」

「風の魔道具?」

 カイルが眉を寄せる。

「でも、近くにいると熱いです」

 リオルは言った。

 メルセナが魔道具を見下ろす。

「ええ。風の意匠ですが、火が強すぎます」

「妙です」

 ミレイユが言った。

「魔道具反応はあります。ただし、通常の火魔道具とも風魔道具とも一致しません」

 商人が小さく声を上げた。

「だから俺は知らないんだ。ただ、珍しい古物だって」

「黙っていてください」

「はい」

 メルセナは魔道具へ手をかざした。

 すぐには触れない。

 熱を見ている。

 魔力を見ている。

 その奥にある何かを、確かめているようだった。

「確認します」

 メルセナは静かに言った。

「火、水、風、土。小精霊を呼びます」

 リオルは目を瞬かせた。

「四精霊って、そんな簡単に」

「確認用の小精霊です。大げさなものではありません」

 メルセナの足元に、小さな四つの召喚陣が灯った。

九 四精霊

 最初に現れたのは、火の小精霊だった。

 小さな炎の粒のような姿をしている。

 火の小精霊は、魔道具を見た瞬間、ふわりと近づいた。

 喜んでいるようにも見える。

 警戒しているようにも見える。

 ただ、強く反応していることだけは分かった。

 次に、水の小精霊が現れた。

 水滴のような体を震わせると、すぐに距離を取った。

 嫌がっている。

 風の小精霊は、翼の意匠へ近づいた。

 だが、中心部へ触れようとした瞬間、横へ逃げるように流れた。

 最後に土の小精霊が現れる。

 土の小精霊は、ほとんど動かなかった。

 重く、鈍い反応だけを示す。

 メルセナは四つの反応を見た。

「精霊バランスが火に大きく寄っています」

「風の意匠なのに」

 ミレイユが呟く。

「元は風。現在は火。そう見るのが自然です」

「変質、ですか」

 カイルが言った。

「はい」

 リオルは魔道具を見た。

「変質って、属性が変わるんですか」

「変わることがあります。極めて稀ですが」

 メルセナは翼の意匠を指した。

「この意匠と構造を見る限り、元は風魔法の適性がない者でも中級風魔法を扱えるようにする魔道具です」

「中級風魔法」

「風を起こす。風の刃を作る。短距離の浮遊補助。煙や霧を払う。音や匂いを散らす。そうした用途でしょう」

「じゃあ、もともとは便利な風の道具だった」

「はい。高級ではありますが、戦略兵器ではありません」

 メルセナは、赤黒い筋へ視線を移す。

「ですが、現在の出力はそれを超えています」

 カイルが確認する。

「火属性に変わっただけではない?」

「格が上がっています」

 ミレイユの筆が止まった。

「格上がり、ですか」

「はい。現在は、上級火魔法に相当する力を扱える魔道具です」

 リオルは息をのんだ。

 中級風魔法の道具が、上級火魔法の道具になっている。

 属性が違うだけではない。

 強くなっている。

「そんなことがあるんですか」

「あります」

 メルセナは答えた。

「極めて稀ですが」

「原因は」

 カイルが問う。

「長期間、強い火の精霊力に晒された結果でしょう」

 その場にいる全員が、同じものを思い浮かべた。

 赤竜。

 巨大な赤い竜影。

 森を焼いた火。

 二つの村を燃やした熱。

「赤竜が守護していたものと見て、ほぼ間違いありません」

 メルセナは言った。

 その言葉で、リオルの胸が重くなる。

 鳥たちが見つけた赤い包み。

 商人の荷。

 翼の意匠。

 火へ変質した魔道具。

 それは、赤竜が探していたものなのかもしれない。

十 竜に守らせる理由

「竜に財宝を守らせるのって、強いからじゃないんですか?」

 リオルは、魔道具を見ながら尋ねた。

 メルセナは小精霊たちを帰還させてから答えた。

「それも理由です」

「それも?」

「竜の精霊力や属性力に長く晒されることで、財宝や魔道具が変質する場合があります」

 ミレイユが補足する。

「保管と強化を兼ねた守護ですね」

 カイルが少しだけ眉を動かした。

「古い権力者が好みそうな話です」

「実際に、そうした例はあります」

 メルセナは言った。

 リオルは魔道具を見た。

 風の翼。

 火の熱。

 長い時間、赤竜のそばにあったもの。

「じゃあ、この魔道具もそのために?」

「そこまでは分かりません」

「分からない?」

「この魔道具が赤竜の火の精霊力に長く晒されていたことは分かります。赤竜が守っていたものと見るのが妥当です。ですが、守らせた者が強化を狙っていたかまでは分かりません」

「事実と、意図は別」

「正確です」

 リオルは黙った。

 事実として、魔道具は赤竜の火に染まっている。

 事実として、格も上がっている。

 事実として、赤竜は何かを探していた。

 でも、誰が、なぜ、それを赤竜に守らせたのかは分からない。

 過去の誰かの意図までは、今の自分たちには届いていない。

「この魔道具が赤竜の守護物なら、赤竜が人間を探していた理由になります」

 カイルが言った。

「盗んだ者、売った者、買った者。どこまで知っていたかを確認する必要があります」

 ミレイユが記録する。

 商人は、顔を青くしていた。

「俺は、本当に知らなかったんだ。珍しい古物だって言われて、少し高く売れると……」

「それは後で確認します」

 メルセナは淡々と言った。

 リオルは魔道具を見つめたまま尋ねる。

「これを返せば、赤竜は止まりますか?」

「分かりません」

「分からない」

「赤竜が求めているのが、この魔道具そのものなのか。盗まれたという事実への怒りなのか。あるいは、もっと別のものなのか。まだ分かりません」

「でも、原因には近づいた」

「はい」

 メルセナは魔道具の上に布をかけた。

「確実に近づきました」

十一 報告書

 夜になっても、仮設本部の灯りは消えなかった。

 ミレイユは鳥たちの報告を報告書にまとめている。

 鳥の表現。

 リオルの解釈。

 人間側の照合結果。

 人相書きへの反応。

 四つを分けて、丁寧に書いていく。

 ぷくぷく。

 赤い包み。

 熱い荷。

 嫌がる馬。

 翼の模様。

 木陰の黒ずくめ。

 小さい袋。

 ちゃり。

 水場。

 道じゃない道。

 もっとぷくぷく。

 目細い。

 あごひげあごひげ。

 黒い髪。

 ぼろぼろの黒い布。

 腰の光るもの。

 足、音ない。

 こいつ、そっくり。

 それらは、最初はばらばらだった。

 人間の言葉にもなりきっていなかった。

 証拠とは呼べない、小さな断片だった。

 けれど、捨てなかった。

 混ぜなかった。

 鳥の見たものとして残し、リオルの解釈として残し、メルセナの人相書きで確認し、人間の記録と照合した。

 その結果、赤い包みの商人へ辿り着いた。

 商人の荷から、古い魔道具が見つかった。

 風の翼を刻まれながら、火に焼かれた道具。

 赤竜の火の精霊力に、長く晒され続けたもの。

 リオルは、窓枠で眠りかけている鳥を見た。

「ありがとう」

 小さく言うと、その鳥は片目だけを開けた。

 それから、また目を閉じる。

 リオルは少しだけ笑った。

 鳥たちが運んできたのは、言葉になりきらない断片だった。

 ぷくぷく。

 赤い包み。

 熱い荷。

 嫌がる馬。

 翼の模様。

 こいつ、そっくり。

 そのひとつひとつを繋げた先に、古い魔道具があった。

 風の翼を刻まれながら、火に焼かれた道具。

 それは、赤竜が守っていたものと見て、ほぼ間違いなかった。


召喚士が召喚した召喚士~基礎から始める召喚マネジメント講座~TOPへ

召喚士が召喚した召喚士~基礎から始める召喚マネジメント講座~
創作実験TOP異世界ファンタジー召喚士ものLv1召喚士が呼び出したのは、Lv99召喚士だった作品紹介低位精霊を呼ぶだけの実習だった。見習い召喚士リオルは、水精霊を呼ぼうとして失敗する。崩れかけた召喚を止めようと補助札に触れた結果、召喚陣から…

自サイト版では人物紹介・用語集・設定資料などをまとめていますが、
カクヨム側ではフォロー、応援、レビュー、コメントなどができます。

気に入っていただけた方は、カクヨム側でも応援していただけると嬉しいです。

カクヨム版はこちら:
https://kakuyomu.jp/works/2912051601264094126

コメント

タイトルとURLをコピーしました