
味をしめたスズメたち
味をしめたスズメたちが、たびたび朝に来るようになった。
以前、うちの人間が庭へ食事を置いた。
正確には、食事を置いたつもりはないのかもしれない。
余っていたものを、少しだけ庭へまいただけである。
だが、スズメたちからすれば同じことだ。
食べ物が出た。
食べた。
次の日も来てみた。
また出た。
それが何度か続けば、ここへ来れば食事が出ると覚える。
動物は学習する。
人間が思っているより、ずっと早く学習する。
そして、一度うまくいった方法は繰り返す。
朝になると、庭から声が聞こえる。
「飯!」
「はよう飯!」
「起きろ!」
いつもどおりである。
人間には、
「チュンチュン」
と聞こえているらしい。
ずいぶん穏やかな表現である。
実際には、朝食の催促だ。
しかも、お願いではない。
要求である。
初めのころは、庭の木に止まって鳴いていた。
少しすると、うちの人間がよく庭へ出入りする窓の近くへ集まるようになった。
そこまでは分かる。
食事を運んでくる人間が現れる場所である。
扉の前で待つ。
窓の近くで騒ぐ。
効率のよい方法だ。
ところが最近、少し様子が違う。
スズメたちは、庭へ出入りする窓ではなく、家の横側にある別の窓の近くで騒ぐようになった。
その窓の向こうには、うちの人間の寝床がある。
寝床に近い窓
朝。
まだ空が少し白み始めたばかりの時間。
シジミは寝台の足元で目を覚ました。
隣では、うちの人間が眠っている。
栗色の髪が枕の上へ広がり、布団から片腕だけが出ていた。
まだ起きる気配はない。
そこへ、窓の外から声が響いた。
「飯!」
続いて、もう一羽。
「はよう飯!」
さらに別の一羽。
「腹減った!」
うちの人間は動かない。
スズメたちは、少し間を置いた。
「聞こえてないぞ!」
「もっと近くで鳴け!」
「飯!」
「はよう飯!」
声が大きくなる。
シジミは耳を動かした。
やはり、この窓の前にいる。
庭へ出る窓ではない。
食事を置く場所からも少し離れている。
それなのに、わざわざ寝床に近い窓へ集まっている。
いつの間に、うちの人間の寝床の位置が分かったのだろうか。
スズメは家の中へ入らない。
窓の外から見える場所にも、寝台はない。
布で閉じられているため、外から中の様子はほとんど分からないはずだ。
それでも、うちの人間が眠っている場所の近くで鳴く。
何かの拍子に、窓の隙間から見たのだろうか。
うちの人間が朝、この部屋から出てくるのを観察していたのかもしれない。
あるいは、部屋の明かりが消える時間を見ていたのかもしれない。
人間は鳥を、庭へ来て少し鳴き、何も考えず飛び去る生き物だと思っている。
だが、鳥は周囲をよく見ている。
食事がある場所。
危険が来る方向。
逃げられる枝。
どの人間が食べ物を出すか。
何時ごろ現れるか。
一度覚えれば、次の日にも使う。
ただし、寝床の位置まで理解しているとは限らない。
この場所で騒ぐと、うちの人間の反応が早い。
ただそれだけに気づいた可能性もある。
最初は庭の窓で鳴いた。
反応がない。
別の場所へ移動した。
この窓の近くで鳴いた。
すると、うちの人間が早く起きた。
だから、次からも同じ場所で鳴く。
それなら筋が通る。
鳥に必要なのは、家の中の間取りを理解することではない。
どこで鳴けば食事が早く出るかを覚えることだ。
結果さえ分かればよい。
人間も、機械の細かな仕組みを知らなくても使う。
印を押せば明かりがつく。
別の印を押せば絵が動く。
なぜそうなるか分からなくても、使い方さえ覚えれば困らない。
スズメも同じなのだろう。
この窓の前で鳴けば、人間が早く動く。
それだけ覚えた。
みんなで鳴け
窓の外で、また声が響いた。
「飯!」
「まだか!」
「寝てるぞ!」
「起こせ!」
一羽が、窓の近くにある細い枝へ飛び移った。
くちばしで枝をつつく。
小さな音が窓へ伝わる。
うちの人間が、布団の中で少し動いた。
スズメたちの声が止まる。
どうやら反応を確認しているらしい。
うちの人間は寝返りを打った。
それだけだった。
すぐに、また鳴き始める。
「起きた!」
「もう一回だ!」
「飯!」
「はよう飯!」
完全に起きたわけではない。
だが、体が動いた。
自分たちの声が届いたと判断したらしい。
一羽が窓枠へ降りた。
「もっと鳴け!」
「みんなで鳴け!」
「飯!」
「飯!」
「飯!」
騒がしい。
人間は鳥の朝の声を、爽やかだと言う。
朝日に鳥の声。
季節の空気。
自然の目覚め。
そのようなものをまとめて、気持ちのよい朝だと考える。
だが、実際には食事を要求する集団が、寝ている人間の近くまで来て大声を出しているだけである。
人間が同じことをすれば、爽やかとは言われないだろう。
朝早くから家の窓の前に集まり、
「飯!」
「はよう飯!」
と叫べば、すぐに追い払われる。
鳥だから許されている。
小さくて羽があり、人間には言葉の意味が分からない。
それだけで、ずいぶん扱いがよい。
うちの人間が、ゆっくり目を開けた。
窓の外から声がする。
「起きたぞ!」
「飯だ!」
「早くしろ!」
うちの人間は布団の中で、ぼんやり窓のほうを見た。
「スズメ……?」
そうである。
しかも、ただ鳴いているのではない。
起こしに来ている。
うちの人間は目を閉じ直した。
「まだ早いよ……」
スズメには伝わらない。
人間の言葉を理解できないのではない。
声が小さすぎる。
そもそも窓も閉まっている。
だが、うちの人間が何か言ったことには気づいたらしい。
「返事した!」
「起きてる!」
「飯!」
「はよう!」
声がさらに大きくなる。
鳴けば出てくる
うちの人間は布団を頭までかぶった。
見えなくなれば、声も聞こえなくなると思ったのだろうか。
人間は、嫌なものがあると視界から隠す。
光る板に嫌な知らせが出れば、画面を伏せる。
片づけるべきものがあれば、棚の奥へ押し込む。
起きたくない朝には、布団を頭までかぶる。
見えないだけで、なくなったわけではない。
スズメの声も消えない。
「飯!」
「隠れたぞ!」
「でもいる!」
「鳴けば出てくる!」
スズメたちは正しい。
うちの人間は、ここにいる。
布団の中へ隠れただけだ。
シジミは寝台から降りた。
床へ着地すると、窓の外にいた一羽が気づいた。
「黒いのが起きた!」
「人間を起こせ!」
「飯を出させろ!」
なぜシジミが手伝わなければならないのか。
食事が欲しいのはスズメたちである。
自分たちで起こせばよい。
もっとも、すでに十分起こしている。
うちの人間は、布団の中で目を覚ましている。
ただ、起き上がりたくないだけだ。
スズメたちは、さらに鳴いた。
「黒いの!」
「人間を動かせ!」
「飯!」
シジミは窓辺へ上がった。
布越しに外を見る。
何羽かの影が動いている。
一羽が、こちらへ顔を向けた。
「飯、出させて!」
ずいぶん当然のように頼む。
以前、食事が出た。
だから今日も出る。
昨日出たなら、明日も出る。
一度でも続けば、いつものことになる。
人間にもよくある。
一度何かをしてやる。
次から、それが当然になる。
食事を分ける。
扉を開ける。
迎えに行く。
仕事を代わる。
最初は感謝する。
次は期待する。
その次には、まだなのかと催促する。
スズメも同じらしい。
食事を出すのは、うちの人間の役目になっている。
本人が決めたわけではない。
スズメたちが決めた。
こっちだと早い
シジミは窓の外へ向かって、まだ寝ていると伝えた。
一羽が答える。
「だから起こしてる!」
見れば分かる。
別の一羽が言う。
「前はここで鳴いたら、すぐ出てきた!」
やはりそうだった。
寝床の位置を理解したわけではない。
この場所で騒ぐと反応が早いことを覚えただけらしい。
シジミが尋ねる。
なぜ、ここで鳴くようになった。
最初の一羽が胸を張った。
「庭の窓だと遅い!」
別の一羽が続ける。
「こっちだと早い!」
「一回やったら、すぐ動いた!」
「だからここ!」
実に単純である。
だが、正しい。
家の中の構造は分からない。
人間がどこで眠っているかも知らない。
ただ、この場所で鳴けば反応が早い。
その結果だけを覚えた。
それで十分なのだ。
人間は動物の知能を、自分たちの言葉や仕組みをどれだけ理解できるかで測る。
だが、動物にとって必要なのは、人間と同じように考えることではない。
食事を得る。
危険を避ける。
安全な場所を見つける。
そのために、どの行動が有効かを覚える。
スズメたちは、人間の寝床という言葉を知らない。
家の間取りも理解していない。
それでも、最も効率よく人間を起こせる位置を見つけた。
目的は達成している。
うちの人間より、朝の行動には無駄がない。
鳴る箱より効果がある
布団の中から、うちの人間の声が聞こえた。
「シジミ、スズメに返事してるの?」
少し違う。
状況を確認していた。
シジミが鳴くと、うちの人間は布団から顔を出した。
髪が頬へかかっている。
「お腹空いたの?」
また食事である。
シジミが何か言えば、食事を求めていると思う。
スズメが鳴いても、かわいい声だと思う。
人間には、動物の言葉がほとんど届いていない。
それでも、うちの人間は上半身を起こした。
窓の外を見る。
「今日も来てるなあ」
スズメたちが一斉に鳴く。
「起きた!」
「飯!」
「はよう飯!」
うちの人間は、少し笑った。
「朝から元気だねえ」
元気なのではない。
腹が減っている。
しかも、うちの人間が食事を出すまで帰るつもりがない。
うちの人間は寝台から足を下ろした。
床へ立つ。
スズメたちの声が、急に弾んだ。
「動いた!」
「出るぞ!」
「飯だ!」
実際に早い。
鳴る箱の音なら、うちの人間は何度も止める。
布団の中で、
「あと五分」
と言う。
だが、スズメが窓の前で騒ぐと、いつもより早く起きる。
鳴る箱は止めれば静かになる。
スズメは止まらない。
むしろ、反応があるほど騒ぐ。
うちの人間も、それを理解しているのだろう。
静かにするには、起きて食事を出すしかない。
スズメたちは、うちの人間を動かす方法を学んだ。
うちの人間は、スズメを静かにする方法を学んだ。
互いに相手を動かしているつもりである。
だが、先に目的を達成するのは、いつもスズメたちだ。
うちの人間は柔らかな上着を羽織り、髪を簡単に後ろでまとめた。
まだ眠そうな顔のまま、台所へ向かう。
シジミもあとを追った。
「ちょっとだけだからね」
誰へ言っているのだろう。
スズメには聞こえない。
聞こえたとしても、ちょっとの意味を守るとは思えない。
うちの人間は小さな器から食べ物を取り出した。
庭へ出るための窓へ向かう。
スズメたちは、寝床の近くから一斉に飛び立った。
先回りして庭へ移動する。
「来た!」
「飯!」
「早く!」
食事を出す場所は理解している。
起こす場所と、受け取る場所を使い分けている。
寝室側で騒ぐ。
人間が動いたら庭へ回る。
うちの人間が食事をまく。
食べる。
実に効率がよい。
仲良く食べてる
うちの人間は窓を開け、庭へ少しだけ食べ物をまいた。
「ほら、今日の分」
スズメたちが一斉に降りる。
「飯!」
「食え!」
「こっち多い!」
「取るな!」
「オレのだ!」
静かになったわけではない。
要求が争いへ変わっただけである。
うちの人間には、楽しそうに食べているように見えるらしい。
目を細めて眺めている。
「朝からよく食べるねえ」
朝だから食べるのである。
それに、食べ物を出したのはうちの人間だ。
食べることを期待して出したはずなのに、実際に食べると感心する。
人間は、自分が予想したとおりのことが起きても驚ける。
スズメたちは地面を跳ねながら、食べ物を奪い合っている。
一羽が大きな欠片を取る。
別の一羽が追う。
「それ寄こせ!」
「先に取った!」
「半分よこせ!」
「嫌だ!」
うちの人間が微笑む。
「仲良く食べてる」
どこを見ているのだろう。
仲良く分けているのではない。
早い者が取っている。
奪われないように逃げている。
食事がなくなれば、争いは終わる。
それを人間は、仲良く朝食を取ったと考える。
意味が分からなければ、何でも平和に見えるらしい。
起こされちゃった
うちの人間は窓を閉めた。
そして大きく欠伸をする。
「せっかくの休みなのに、起こされちゃった」
自分で食事を出すからである。
出さなければ、スズメたちはいずれ別の場所へ行くかもしれない。
だが、鳴けば出す。
出すから、また来る。
また来るから、鳴く。
うちの人間はスズメたちに起こされていると思っている。
スズメたちは、鳴けば人間が食事を出すと思っている。
どちらも正しい。
ただし、この関係を始めたのは、うちの人間である。
一度食べ物を置いた。
次の日も置いた。
かわいいと言って喜んだ。
そして今では、寝床の近くまで来て起こされている。
自分で覚えさせておきながら、
「起こされた」
と被害を受けたように言う。
人間は原因と結果の間が少し長くなると、自分が原因を作ったことを忘れる。
うちの人間は台所で温かい飲み物を用意した。
まだ眠そうに長椅子へ座る。
「スズメって、どこで寝てるか分かるのかな」
シジミはうちの人間を見た。
少しは疑問に思っていたらしい。
だが、おそらく分かっていない。
分かっていなくても困らない。
この窓の近くで鳴けば反応が早い。
それだけ知っていれば、人間を起こせる。
人間は理由を理解しようとする。
どうして。
どこで知った。
何を考えている。
だが、スズメたちは結果だけで動く。
鳴いた。
人間が起きた。
食事が出た。
次も鳴く。
必要なことは、それだけだ。
うちの人間は飲み物を両手で包み、窓の外を見た。
庭では、食事を終えたスズメたちが飛び去っていくところだった。
「明日はもう少し遅く来てほしいなあ」
無理である。
早く鳴けば、早く食事が出た。
スズメたちは、そう覚えた。
明日は今日より早く来る可能性すらある。
もっと早く鳴けば、もっと早く食事が出るかもしれないと考えるからだ。
人間は動物へ食事を与えると、自分になついたと思う。
だが、スズメたちはうちの人間を好いているわけではない。
食事を出す存在として覚えただけだ。
庭の窓。
寝床に近い窓。
起きる時間。
食事がまかれる場所。
必要な情報を集め、最も効率のよい方法を選んでいる。
どちらが観察されているのか、うちの人間は気づいていない。
昨日より早い
翌朝。
空が白み始めるより少し前。
シジミは、窓の外の小さな物音で目を覚ました。
枝へ何羽かが止まる。
まだ鳴いていない。
スズメたちは、家の中の反応を確かめているらしい。
少しして、一羽が鳴いた。
「飯!」
うちの人間は動かない。
もう一羽が続く。
「はよう飯!」
反応はない。
三羽目が、昨日より大きな声で鳴いた。
「起きろ!」
うちの人間が布団の中で動いた。
スズメたちは一斉に騒ぎ始める。
「起きた!」
「効いた!」
「飯!」
昨日より早い。
そして、うちの人間も昨日より早く目を開けた。
実際に早い。
スズメたちは、また一つ学習したらしい。
早く来ても、人間は起きる。
うちの人間は枕へ顔を押しつけた。
「まだ暗いのに……」
それでも、しばらくすれば起きるだろう。
鳴き続ければ食事が出ると、スズメたちは知っている。
うちの人間が根負けすることも知っている。
寝床の位置を知らなくても、人間の扱い方は理解している。
シジミは猫語でつぶやく。
「本当に人間ってあさはかな生き物だよね」
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