本当に人間ってあさはかな生き物だよね 第16話 ラノベ

本当に人間ってあさはかな生き物だよね 第16話 ラノベ 創作実験
本当に人間ってあさはかな生き物だよね 第16話 ラノベ
本当に人間ってあさはかな生き物だよね
創作実験TOP日常系/猫視点コメディ/人間観察―― 猫には猫の常識がある。人間はそれを、何ひとつ分かっていない。 ――作品紹介黒猫のシジミは、人間に飼われている。少なくとも、うちの人間はそう思っている。だが、シジミからすれば話は逆だ。毎日決…

軽い小説

うちの人間は、そこそこの読書家である。

長椅子に座って読む。

寝台へ寝転がって読む。

温かい飲み物を片手に読む。

風呂へ入る前に少しだけと言って読み始め、気づけば長い時間がたっていることもある。

本を読みながら眠り、本の角を頬へ当てたまま朝を迎えたこともあった。

紙に書かれた黒い模様を追うためだけに、ずいぶん不自然な姿勢を続けられるものだとシジミは思う。

人間は本を読んでいるあいだ、ほとんど動かない。

それなのに、読み終えると、

「疲れた」

と言う。

体を動かしていないのに疲れるらしい。

人間の頭は、ずいぶん燃費が悪い。

うちの人間が読む本には、いくつか種類がある。

誰かが悪いことをして、別の誰かが犯人を探す話。

昔の人間が争ったり、国を作ったり、滅ぼしたりする話。

人間同士が近づいたり離れたりして、そのたびに悩む話。

怖いものが出てきて、自分から読んだ人間が勝手に怯える話。

そして、ときどき読むのが、ラノベというものである。

ライトノベル。

人間の言葉に直せば、軽い小説ということだろう。

本そのものは、ほかの本とそれほど重さが変わらない。

厚いものもある。

何冊も続いているものは、まとめて持てばかなり重い。

以前、うちの人間は何冊も積み上げて運ぼうとし、途中で一冊を足の上へ落とした。

「痛い!」

と叫んでいた。

少なくとも、足へ落ちたときの痛さは軽くないらしい。

では、何が軽いのだろう。

紙か。

言葉か。

話か。

読む人間の気持ちか。

シジミには分からない。

ただ、うちの人間はラノベを読むとき、ほかの本よりも気楽そうな顔をしている。

難しい顔をしない。

登場する人間の名前を紙へ書き出したりもしない。

途中で前の頁へ戻り、何度も確認することも少ない。

肩へ落ちた栗色の髪を耳へかけ、柔らかな部屋着のまま長椅子へ座り、菓子を食べながら頁をめくっている。

ときどき笑う。

ときどき、

「そうはならないでしょ」

と言う。

だが、読むのをやめることはない。

そうはならないと思いながら、そうなる話を楽しんでいる。

人間は、自分が納得できないものにも金を払い、時間を使えるらしい。

題名の最初だけで選ぶ

その日のうちの人間も、ラノベを読んでいた。

表紙には若い人間が描かれている。

手には大きな剣。

その後ろには、さまざまな服を着た人間たちが並んでいる。

空には大きな生き物が飛んでいる。

題名は長い。

ずいぶん長い。

一冊の中身を読む前に、題名だけでだいたい何が起きるか分かりそうなくらい長い。

うちの人間は、光る板で本を探しているときも、題名を最後まで読まずに選んでいることがある。

最初のほうに、

転生。

最強。

追放。

チート。

無双。

そのあたりの言葉が入っていれば、続きを確認する必要はないらしい。

猫が食事の袋の最初の音だけで反応するのと似ている。

ただし、猫は匂いまで確認する。

人間は題名だけで買う。

どちらが慎重かは、考えるまでもない。

どの道を通っても最強

うちの人間が好むものには、少し偏りがあった。

俺TUEEE系と呼ばれるものらしい。

シジミには、なぜ最後だけ人間の言葉ではないのか分からない。

強いなら、強いと言えばよい。

わざわざ文字の形まで変える必要があるのだろうか。

だが、人間は同じ意味でも、書き方を変えると別のものに感じるらしい。

強い。

最強。

無敵。

規格外。

チート。

人外。

すべて、ほかの者より圧倒的に強いという話である。

うちの人間が読む本では、主人公はたいてい強い。

最初から強いこともある。

転生したら強くなっていることもある。

神のような者から力を渡されることもある。

弱いと思われていた能力が、実は最強だったこともある。

追い出されたあとで、本当の価値が分かることもある。

どの道を通っても、最後には強い。

シジミは、そのこと自体を悪いとは思っていない。

強い者が活躍する話を読みたい者もいるだろう。

高いところへ跳ぶ猫を見たい者もいれば、日なたで眠る猫を見たい者もいる。

好みはそれぞれである。

作品は作品だ。

そこへ文句をつけるつもりはない。

問題は、うちの人間である。

うちの人間は本を選ぶとき、

「たまには違う感じのものを読もうかな」

と言う。

そのあと、転生した人間が最強になる本を選ぶ。

次に本を買うときも、

「今度は少し変わった話がいいな」

と言う。

今度は追放された人間が、実は最強だった本を選ぶ。

さらにその次は、

「同じようなのばかりだと飽きるんだよね」

と言いながら、最弱の職業だと思われていた人間が最強になる本を選ぶ。

本人は違うものを選んでいるつもりらしい。

転生の理由が違う。

能力の名前が違う。

武器が違う。

周囲にいる者が違う。

敵の姿が違う。

たしかに、細かなところは違う。

だが、最後には主人公が圧倒的に強い。

うちの人間は猫のことを、黒ければどれも同じように見る。

一方で、自分が読む本については、

「これは転生だけど、こっちは転移だから違う」

などと言う。

ずいぶん細かな違いである。

猫の耳の形や目の色は見分けないくせに、異世界へ行く方法の差は重要らしい。

もっと驚け

うちの人間は頁をめくりながら笑った。

「やっぱり、強すぎる主人公って気持ちいいなあ」

そういうものなのだろうか。

シジミは少し考えた。

猫の世界では、強いことは悪くない。

縄張りを守れる。

食べ物を確保できる。

ほかの猫に追い払われにくい。

危険があれば逃げる余裕もできる。

だが、強ければ何をしても楽しいわけではない。

本当に強い猫は、むやみに力を見せない。

争わずに済むなら争わない。

相手が逃げれば追わない。

毎回すべての猫を倒して回るような者がいれば、強いというより面倒な猫である。

うちの人間が好む主人公は、望んでいなくても争いへ巻き込まれる。

悪い人間が現れる。

主人公を弱いと思って見下す。

勝負を挑む。

主人公が少し力を出す。

周囲が驚く。

「そんな馬鹿な」

と言う。

うちの人間は、その場面になると満足そうにうなずく。

「そうそう。もっと驚け」

なぜ、うちの人間が得意そうな顔をするのだろう。

強いのは本の中の人間である。

うちの人間ではない。

能力を得たのも本の中の人間。

敵を倒したのも本の中の人間。

周囲から褒められているのも本の中の人間だ。

長椅子に座って菓子を食べているうちの人間は、何もしていない。

それでも主人公が褒められると、自分まで認められたような顔をする。

人間には、他者の成果を見て満足する能力があるらしい。

便利である。

自分で高いところへ登らなくても、登った者を見れば達成感を得られる。

自分で狩りをしなくても、狩りをした者の話を読めば満足できる。

猫にもその能力があれば、鳥を見ているだけで腹が膨れるかもしれない。

残念ながら、実際にはそうならない。

分かっているとおりに進む

うちの人間が、また頁をめくった。

「出た。鑑定した人が数値を見て驚くやつ」

何度も見ているなら、もう驚く必要はないのではないだろうか。

だが、うちの人間は楽しそうである。

本の中の人間が主人公の力を知る。

目を見開く。

手を震わせる。

これほどの力は見たことがないと言う。

主人公は、

「何かおかしいことをしただろうか」

という顔をする。

うちの人間は笑う。

「絶対分かってやってるでしょ」

分かっているなら、なぜ毎回読むのだろう。

同じことが起きると知っている。

主人公が強いことも知っている。

周囲が驚くことも知っている。

最後に勝つことも、おそらく知っている。

推理小説では、犯人が分かるまで考え込む。

怖い本では、この先に何が出るか警戒する。

だが、この種類の本では、最初から主人公が勝つと信じて読んでいる。

うちの人間は、先が分からない話では先を知りたがる。

先が分かる話では、分かっているとおりに進むことを喜ぶ。

どちらでも満足できるらしい。

人間の読書は、ずいぶん柔軟である。

瞬間移動が欲しい理由

物語の中で、主人公が新しい能力を得た。

努力して覚えたわけではない。

危険な訓練を続けたわけでもない。

転生したときに、最初から使えるようになっていたらしい。

うちの人間が言う。

「いいなあ。私もこういう能力欲しい」

何に使うつもりなのだろう。

朝、鳴る箱を止めたままでも遅刻しない能力か。

働かなくても紙や数字が増える能力か。

何を食べても体形が変わらない能力か。

部屋を片づけなくても、必要なものがすぐ見つかる能力か。

うちの人間が欲しがる力は、おそらくそのあたりである。

以前、

「瞬間移動ができたら、朝もっと寝ていられるのに」

と言っていた。

空を飛びたいわけでも、知らない土地を見たいわけでもない。

寝る時間を増やすために瞬間移動したいらしい。

強大な力を与えても、使い道がずいぶん小さい。

本の中では、主人公が力を使って町を救う。

魔物を倒す。

国の問題を解決する。

うちの人間なら、布団から職場まで一瞬で移動するために使う。

人間の想像力には、限界がある。

努力しないで強くなりたい

うちの人間は、さらに読み進めた。

主人公は、周囲から称賛されていた。

強い。

賢い。

見たこともない能力を持っている。

誰にもできなかったことを簡単に成し遂げる。

うちの人間は満足そうに菓子を食べた。

「努力しないでこれだけ強いの、うらやましいなあ」

そこなのか。

シジミはうちの人間を見上げた。

強さが欲しいのではない。

努力をしなくても強いという部分がよいらしい。

結果は欲しい。

過程はいらない。

褒められたい。

だが、失敗はしたくない。

危険なこともしたくない。

時間もかけたくない。

それでも、周囲から驚かれたい。

ずいぶん欲張りである。

猫が高い塀へ跳ぶには、何度も距離を測る。

脚へ力を入れる。

届かなければ、別の場所を探す。

子猫のころから、少しずつ跳べる高さを増やす。

ある日突然、寝て起きたらどこへでも跳べるようになるわけではない。

だが、人間は物語の中でなら、それを望む。

うちの人間も、日常では、

「努力しないと上手くならないよね」

と言う。

何かを始める前には、

「継続が大事」

とも言う。

ところが本を読むと、

「最初から最強っていいなあ」

と言う。

努力が大切なのか。

努力しなくても強いのがよいのか。

どちらかに決めたほうがよい。

もっとも、人間は自分が努力するときだけ、努力を尊いものだと思うのかもしれない。

ほかの者が苦労せず成功すれば、ずるいと言う。

自分が苦労せず成功する話なら、気持ちがよいと言う。

同じ結果でも、誰が得をするかで考えが変わる。

実に人間らしい。

次はちょっと違うもの

うちの人間は本を閉じた。

読み終わったらしい。

「面白かった」

それならよい。

好きなものを読み、楽しんだ。

それ自体には何も問題はない。

シジミも、同じ場所で何度眠っても飽きない。

日なたは毎日同じように暖かい。

同じ食事でも、腹が減っていればおいしい。

好みに偏りがあることは悪くない。

だが、うちの人間は本をテーブルへ置くと、すぐに光る板を取り出した。

「次は、ちょっと違うのを読もうかな」

シジミは光る板を見た。

表紙に若い人間。

大きな武器。

後ろには何人かの人間。

題名には、最弱という言葉が入っている。

うちの人間が指で説明を読む。

「最弱の能力しかもらえなかった主人公が……」

最弱なら、今回は本当に弱いのかもしれない。

少しは違う話なのだろうか。

うちの人間が続きを読んだ。

「実は、その能力には誰も知らない使い方があって、世界最強に……」

やはり最強だった。

うちの人間は満足そうにうなずく。

「こういうの好きなんだよね」

知っている。

先ほど、違うものを読むと言っていたはずだ。

だが、主人公が最初から最強なのと、最弱だと思われていたが実は最強なのは、うちの人間にとって大きく違うらしい。

猫のシジミには、どちらも最後には最強としか見えない。

うちの人間は、その本を買った。

異世界でも今の暮らし

そして、新しい本を読み始める前に長椅子へ深く座り直した。

「私も異世界に転生したら、すごい能力もらえないかなあ」

異世界という場所がどこにあるのか、シジミは知らない。

だが、仮に行けたとしても、強い能力を必ずもらえるとは限らない。

何ももらえないかもしれない。

言葉が通じないかもしれない。

食べ物が合わないかもしれない。

眠る場所もないかもしれない。

うちの人間は、旅行へ行くだけでも多くの荷物を用意する。

服。

顔へ塗るもの。

髪を整えるもの。

飲み物。

光る板へ力を入れる道具。

忘れ物がないか何度も確認する。

それでも何か一つは忘れる。

そんな人間が、何も準備せず別の世界へ行って暮らせるのだろうか。

おそらく、最初の夜には、

「家に帰りたい」

と言う。

次の日には、

「お風呂に入りたい」

と言う。

三日目には、

「柔らかい寝床がない」

と嘆く。

どれほど強い能力があっても、髪を乾かす道具がなければ不満を言うだろう。

うちの人間が異世界で望むものは、最強の力ではない。

今の暮らしをそのまま持っていき、そのうえで周囲から褒められることではないだろうか。

それなら、異世界へ行く必要はない。

今の世界で努力すればよい。

だが、それは嫌らしい。

強さではなく安心

うちの人間は新しい本を開いた。

数頁読んだところで笑う。

「やっぱり、こういうのは安心して読めるなあ」

なるほど。

うちの人間が求めているのは、強さではなく安心なのかもしれない。

主人公は負けない。

周囲はやがて価値を認める。

悪く言った者は後悔する。

努力が報われないこともない。

頑張ったのに誰にも気づかれないこともない。

どこかで必ず、主人公のすごさが明らかになる。

現実の人間は、そうはいかないらしい。

毎日働いても、誰も驚かない。

難しいことをしても、それが仕事だと言われる。

頑張っても、すぐに結果が出るとは限らない。

周囲が価値に気づかないまま終わることもある。

だから、必ず認められる話を読む。

必ず勝つ者を見る。

最初から与えられた力でもよい。

偶然見つけた能力でもよい。

とにかく最後に、

「あなたはすごい」

と言われればよい。

そう考えると、少しだけ分からなくもない。

うちの人間も、毎日安全な家から出ていき、疲れて帰ってくる。

それでも、誰かが毎日、

「すごい」

と褒めてくれるわけではない。

自分で自分へご褒美を与えなければならない日もある。

物語の中くらい、努力せずに最強になり、周囲から褒められる者を見たいのだろう。

ただし、同情と理解は別である。

好みを遠回りして説明する

うちの人間は、

「いろいろな本を読むのが好き」

と言う。

だが、ラノベを選ぶときは、ほとんど最強になる話を選ぶ。

変わった話を読みたいと言い、別の方法で最強になる話を探す。

同じような話ばかりではないと言いながら、転生と転移の差を説明する。

主人公が努力せず力を得るとうらやましがり、自分については努力が大切だと言う。

そして、異世界へ行きたいと言いながら、家の暮らしは何一つ手放すつもりがない。

作品が悪いわけではない。

好きなものを読むことも悪くない。

ただ、うちの人間は、自分の好みをずいぶん遠回りして説明する。

最強の主人公が活躍して、皆から褒められる話が好き。

それだけで済む。

だが人間は、

「設定が面白くて」

「世界観が作り込まれていて」

「能力の使い方が独特で」

と、さまざまな理由を並べる。

もちろん、それらも本当なのだろう。

しかし、主人公が最後まで弱いままなら、おそらく読まない。

シジミには分かっている。

また別の最強

うちの人間は頁をめくりながら、楽しそうに笑った。

本の中では、最弱だと思われていた主人公が、初めて力を使ったところだった。

周囲の人間が驚いている。

「そんな力、見たことがない」

うちの人間が得意そうにうなずく。

「ほらね」

何が、ほらね、なのだろう。

予想したのは本を書いた人間である。

力を使ったのは本の中の主人公である。

うちの人間は、最強になると書かれた説明を読んで、そのとおりになったことを確認しただけだ。

それでも、自分が主人公の価値を最初から見抜いていたような顔をする。

シジミは長椅子の上で体を丸めた。

これから主人公は、さらに強くなる。

敵を倒す。

周囲を驚かせる。

最初に見下していた者は後悔する。

うちの人間は満足する。

そして読み終われば、次こそ少し違う話を読もうと言う。

そのあと、また別の最強を探すのだろう。

シジミはいつものように猫語で言う。

「本当に人間ってあさはかな生き物だよね」


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