非正規転生~転生したけど最弱スキルすらもらってない~ 第15話 過去は心からの距離で測る

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創作実験TOP転生したのに、ステータス画面が表示されないんだが。作品紹介ステータス画面は表示されなかった。スキルも、鑑定も、翻訳も、女神のチュートリアルもない。現代日本でデータサイエンティスト兼プロジェクトマネージャとして働いていた山科理人…
非正規転生~転生したけど最弱スキルすらもらってない~ 第15話 過去は心からの距離で測る 人物相関図

※人物画像・相関図の転載、再配布、改変利用はご遠慮ください。

(一)過去と残存

翌朝になっても、雨は降らなかった。
だが、空は低いままだった。
雲が町の屋根を押さえつけるように広がり、風には湿った土と川の匂いが混じっている。
山科理人はギルドの隅で、昨日作った紙を広げていた。
神託文中の未来・距離表現に関する仮対応表。

遠き水。
後なる濁り。
雨とともに来たり。
そこまでは、一応の仮説を置くことができた。
未来だけではなく、遠いもの。

まだ届いていないもの。
まだ確認されていないもの。
時間、場所、情報。
話している者の手元へ届いていないものが、似た言葉で表されている可能性がある。
だが、最後の二つだけは違っていた。

呼ばれし村。
呼ばれぬまま残る。
理人は、その横に書いた自分の文字を見た。
過去?
残存?

書いた本人にも、それ以上の意味は分かっていない。
呼ばれし。
過去側の言い方に見える。
残る。
今も存在しているように聞こえる。

過去と現在が、一つの短い文の中に並んでいる。
受付の仕事が一段落したセリアが、机の向かいに座った。

「そこから調べるんですか」
「はい。未来らしい言葉より、こちらの方が分かりません」

リナも理人の横から紙をのぞき込む。

「呼ばれし、って昔の言い方だよね」
「そう聞こえる」
「でも、残るなら、なくなってない」
「そこが変なんだ」

理人は、表の空欄を指で押さえた。
過去の言葉。
現在に残っているもの。
この二つが並んでいるなら、まず確認すべきことは単純だった。

「神託に書かれているような村が、今もあるのかを見たい」

セリアは少し考え、うなずいた。

「それなら、村の台帳ですね」
「見られますか」
「神殿の正式なものは無理です」

セリアは先にそう答えた。

「ただ、ギルドにも川沿いの村の一覧があります。荷運びと護衛依頼に必要ですから」
「神殿から来る水祓いの予定は?」
「写しなら残っています」
「十分です」

理人は紙をたたまず、そのまま机の端へ寄せた。
神託の言葉だけを見ていても、意味は決まらない。
言葉が何を指しているのかを見るには、今の記録と重ねる必要がある。

(二)見られる記録

セリアが奥から持ってきたのは、四つの記録だった。
ギルドの依頼票を村ごとにまとめた束。
荷運びの行き先と回数を残した帳面。
川沿いの村名が並ぶ古い一覧。
そして、神殿分院から毎年ギルドへ渡される、水祓い巡回予定の写し。

「これが、こちらで見られる限界です」

セリアは言った。

「神殿の正式な台帳には、祈祷の内容や村ごとの細かな事情もあるはずです。でも、神殿の者でなければ簡単には見られません」
「今は、これで構いません」

理人は帳面を手元へ引き寄せた。

「まず、名前が変わったのか、村が消えたのか、それとも今もあるのかを確認します」

リナが荷運びの記録を開く。

「川沿いの村なら、荷物の行き先にも出てくるよ」
「頼む」

理人は紙を三つの場所に分けた。
神殿の写し。
ギルドの記録。
荷運びの記録。
同じ村が、それぞれの記録でどう扱われているかを見る。

一つの記録にしか出てこない村。
名前の表記が違う村。
古い帳面にしか残っていない村。
現在の依頼票にも出てくる村。
理人がすべてを自由に見られるわけではない。

神殿の中へ入り、台帳を端から端まで調べられるわけでもない。
だが、見られない記録があるからといって、見られる記録まで使えないわけではない。
理人は、村名を一つずつ木片へ書き始めた。

(三)昔の名前

最初に疑ったのは、古い村名だった。
神託が古いなら、その中に出てくる村の呼び方も古い可能性がある。
かつてそう呼ばれていたが、今は別の名前になった村。
二つの集落が一つになった村。
領主が変わった際に名を変えた村。

人が去り、倉や石垣だけが残っている場所。
神殿の写しにだけ古い名が残っている可能性もある。

「古い村名なら、神殿台帳だけに残っていることがあります」

セリアが村の一覧を見ながら言った。

「村が合わさったり、領主の都合で呼び名が変わったりしますから」
「廃村は?」
「あります。特に川筋が変わった場所は」

リナが別の紙をめくった。

「昔は人がいたけど、今は倉だけ残ってるところもあるよ」

理人は候補を木片へ書いた。
旧名。
廃村。
合併。
写し間違い。

まずは、素直な可能性から見る。
神託に過去側の言葉があるのなら、昔の村を指していると考えるのが自然だ。
理人は、神殿の写しに載る村名を、ギルドの現在の一覧と照合した。
リナが荷運びの帳面から同じ名を探す。
セリアが依頼票の古い束をめくる。

似た名前はある。
表記が少し違うものもある。
だが、はっきりと神託の言葉へつながる廃村や旧名は見つからない。
理人は候補の横へ印を置いていった。
旧名――未確認。

廃村――該当なし。
合併――一部あり。ただし神託との関係は不明。
写し間違い――証拠なし。
予想していたより、記録は素直だった。
そして、素直であることが、別の違和感を浮かび上がらせた。

(四)白倉村

川沿いの村名を順番に並べていく。
東川村。
南瀬村。
水原小村。
白倉村。

理人の手が止まった。

「白倉村」

神殿の写しに名前がある。
ギルドの村一覧にもある。
荷運びの記録にも、少ないながら同じ名前が出てくる。
理人は三つの記録へ同じ印を置いた。

「消えていませんね」

セリアが答える。

「ええ。白倉村は今もあります」
「名前も変わっていない?」
「少なくとも、この写しとギルドの一覧では同じです」

リナも頷いた。

「聞いたことある。川沿いにある古い村。白い石の倉があるって」

白い石の倉。
理人は神託の最初の一節を思い出した。
遠き水、白き倉に触れ。
だが、すぐに結びつけることはしなかった。
白い倉という言葉が、その村を指しているとは限らない。

白い石で造られた倉は、他にもあるかもしれない。
神託の言葉が村名へ変わった可能性もあれば、村名の方が後から神託へ寄せられた可能性もある。
似ているというだけで、同じものにしてはいけない。
理人が気にしたのは、名前よりも記録の量だった。
白倉村は、ある。

人も住んでいる。
名前も変わっていない。
地図にも載っている。
だが、新しい記録が少ない。
理人は、白倉村の名の横へ書いた。

存在あり。
その下へ、もう一つ。
記録、薄い。

(五)あるのに薄い

理人は村ごとに記録の数を並べた。
荷運び。
護衛依頼。
祭礼前後の往来。
水祓い巡回。

ギルドへの相談。
東川村は多い。
川沿いの道を通る荷車が多く、護衛依頼も定期的に出ている。
南瀬村も、それなりに記録がある。
水原小村は小さいが、神殿の巡回記録は新しい。

白倉村だけが、少し違った。
何もないわけではない。
むしろ、どの記録にも少しずつ名前が残っている。
荷運びの帳面。
神殿の巡回予定。

祭礼参加者の記録。
古い依頼票。
存在を示すものはある。
だが、新しい記録が薄い。
荷運びは年々減っている。

ギルド依頼もほとんどない。
祭礼へ来た者の記録も少ない。
神殿の水祓い対象には含まれているが、巡回予定では後ろへ回されることが多い。
予定どおり巡回できなかった年には、翌年へ持ち越された形跡もあった。
理人は表へ書いた。

存在あり。
接触少。
セリアが、その文字を見て眉を寄せた。

「台帳にはありますよ」
「はい」
「水祓いの対象にも入っています」
「入っています」
「では、漏れているとは言えないのでは?」

理人はすぐには答えなかった。
セリアの言うことは正しい。
記録上、白倉村は漏れていない。
名前がある。
対象にも入っている。

消されてもいない。
だが、現在の状態を誰が知っているのか。
最後に誰が行ったのか。
川の様子を誰が見たのか。
村からの報告が、いつ町へ届いたのか。

そこが分からない。
理人は白倉村の行を指で押さえた。
台帳にはある。
だが、注意は届いているのか。

(六)後回し

「直近の巡回は、いつですか」

理人が尋ねると、セリアは水祓い巡回予定の写しをめくった。

「正式な実施記録ではありません。ギルドへ届いた予定だけですが……白倉村は、三年前の予定では最後から二番目です」
「二年前は?」
「最後です」
「去年は?」

セリアの指が止まった。

「予定にはあります。ただ、巡回完了の連絡がギルド側には来ていません」
「行ったかどうか分からない?」
「神殿では記録しているはずです」
「ギルドには届いていない」
「そうなります」

リナが荷運びの帳面を見ながら言った。

「白倉村へ行った荷車も減ってる。前は月に何回かあるけど、最近は季節ごとに一回くらい」
「別の道ができた?」

セリアが首を横に振る。

「大きな道はありません。村自体が小さくなっているのかもしれません」
「若い人が町へ出たとか?」
「あり得ます」

理人は木片へ候補を書いた。
人口減少。
荷の減少。
巡回後回し。
報告経路の縮小。

どれも、白倉村に異常があることを示す証拠ではない。
村が静かで、問題がないから依頼が出ない可能性もある。
荷運びが減ったのも、単に物を作らなくなったからかもしれない。
神殿が後回しにするのも、小さな村を限られた人員で回るための判断だろう。
理人は、そのことを否定しなかった。

「小さい村を後へ回す理由は分かります」

セリアがうなずく。

「神殿も、すべての村を同じ日に回れません」
「はい。優先順位は必要です」

理人は巡回予定を指した。

「ただ、後回しが毎年続くと、最近の状態が分からなくなります」

セリアの表情が少し変わった。

「異常があっても、こちらへ届くのが遅れる」

リナが言った。
理人はうなずく。

「その可能性がある」

後回し自体が悪いのではない。
後回しにしたものを、誰も見直さなくなることが問題だった。

(七)台帳と注意

理人は、白倉村の名が書かれた三つの記録を並べた。
神殿の写し。
ギルドの一覧。
荷運びの帳面。

「白倉村は、記録にはあります」
「ええ」
「でも、最近の状態を説明できる記録が少ない」

セリアは黙った。
理人は荷運びの帳面を指した。

「荷が減っています」

祭礼参加者の記録。

「町へ来る人も減っている」

水祓い巡回予定。

「対象には入っています。でも、順番は後ろです」

ギルドの依頼票。

「依頼が少ない。だから、冒険者や職員が村の話を聞く機会も少ない」

リナが白倉村の名を見つめる。

「村はあるのに、誰も今のことを知らない」
「そう見える」

理人は答えた。

「台帳にあることと、注意が届いていることは違います」

リナが小さく反応した。

「届いている」

昨日まで考えていた言葉だった。
未来ではなく、遠い。
遠いものとは、まだ届いていないもの。
白倉村は、カランタから川沿いに半日ほどだという。
何日もかかるほど遠くはない。

地図にもある。
台帳にもある。
名前を知っている者もいる。
だが、今の村の状態は届いていない。
村から町へ情報が届いていない。

町から村へ注意が届いていない。
記録の上にあることと、運用の中で見られていることは同じではない。
理人は木片へ書いた。
台帳掲載――あり。
現在把握――不明。

注意到達――低い可能性。
セリアは、その文字を長く見ていた。

(八)心からの距離

理人は、神託文の最後の一節をもう一度見た。
呼ばれし村、呼ばれぬまま残る。
昨日は意味が分からなかった。
過去?
残存?

それだけだった。
だが、今なら少しだけ別の読み方が見える。
過去側の言葉は、消えたものだけに使われるとは限らない。
昔の名前だけを指すとも限らない。
今も存在している。

今も同じ名で呼ばれている。
それでも、現在の会話から外れていれば。
祈りの順番から後ろへ押されていれば。
荷運びが減り、祭礼にも来ず、町の者が最近の様子を知らなければ。
その村は、現在から遠くなる。

時間ではない。
道の長さでもない。
人の関心から。
町の仕事から。
祈りの順番から。

記録を使う者の意識から。
理人は紙の端へ書いた。
過去表現。
その横で手を止める。
少し迷い、続きを書いた。

心からの距離。
さらに、その下へ小さく足す。
社会的な距離。
リナが文字をのぞき込む。

「心から遠いってこと?」
「たぶん、そういうことだと思う」
「村は、半日で行けるんだよ」
「道の距離では遠くない」

理人は白倉村の記録を指した。

「でも、町がその村を今の問題として見ていない。最近どうなっているか、誰もすぐには答えられない。そういう遠さだ」

リナは少し考えた。

「忘れたわけじゃない。でも、思い出さない」

理人は顔を上げた。
その言い方は近かった。

「そうだ。名前は知っている。でも、今どうしているかは考えない」

セリアは何も言わなかった。
だが、目は白倉村の行から離れなかった。
過去は、時間だけで決まるものではない。
今もあるものが、人の心や社会の動きから遠ざかれば、言葉の中で過去の側へ置かれることがある。
理人には、そう読める可能性が見え始めていた。

ただし、まだ可能性でしかない。
だからこそ、見るべき場所が決まる。

(九)村を並べる

理人は新しい紙を用意した。
セリアが何か言う前に、理人は先に口を開く。

「価値は出します」
「先に言えばいいというものではないですよ」

そう言いながらも、セリアは紙を渡した。
理人は上部へ題を書く。
川沿い村落の交流・祈祷対象確認表。
その下へ、確認する項目を並べた。

村名。神殿台帳への掲載。水祓い対象。直近の巡回。巡回の優先度。
荷運び記録。ギルド依頼。祭礼参加。川の異常報告。現在の注意対象。確認の必要性。

「台帳に載っているかだけでは足りないんですね」

セリアが言う。

「はい。今も対象として扱われているかを見ます」

リナが荷運びの帳面を開いた。

「私、荷車の方を読む」
「頼む」

セリアがギルド依頼を確認する。
理人が神殿の写しと照合する。
表は少しずつ埋まっていった。
東川村。

神殿台帳掲載、あり。水祓い対象、あり。直近巡回、近い。巡回優先度、通常。
荷運び、多い。ギルド依頼、多い。祭礼参加、あり。
川の異常報告、定期的にあり。現在の注意対象、高。確認、通常。

南瀬村。

台帳掲載、あり。水祓い対象、あり。直近巡回、近い。巡回優先度、通常。
荷運び、中。ギルド依頼、中。祭礼参加、あり。
現在の注意対象、中。確認、通常。

水原小村。

台帳掲載、あり。水祓い対象、あり。直近巡回、近い。
荷運び、少ない。ギルド依頼、少ない。祭礼参加、あり。
川の異常報告、少ないが届いている。現在の注意対象、中。確認、通常。

そして、白倉村。

台帳掲載、あり。水祓い対象、あり。直近巡回、実施確認できず。巡回優先度、後回し。
荷運び、減少。ギルド依頼、少ない。祭礼参加、減少。
川の異常報告、直近不明。現在の注意対象、低。確認、要確認。

理人は、四つの村を並べた表を見た。
白倉村だけが、存在しないわけではない。
対象から正式に外されてもいない。
だが、今の接触が薄い。
存在しているのに、現在の注意が届いていない。

神託の言葉が、少しだけ別の形を取った。
呼ばれし村。
呼ばれぬまま残る。
古くからある村にも祈りを忘れるな。
神殿の読み方も、間違いとは限らない。

だが、別の意味もあり得る。
かつて対象として呼ばれた村。
今も残っている。
しかし、今は実際の注意対象として呼ばれていない村。
理人は白倉村の確認欄へ、もう一度書いた。

要確認。

(十)メモでは足りない

確認表を見終えたセリアは、しばらく黙っていた。
やがて、ゆっくり息を吐く。

「これは、ギルド内のメモでは済みませんね」

理人は顔を上げた。

「神殿へ渡しますか」
「少なくとも、分院には渡すべきです」
「神託解釈として出すのは危険では?」
「だから、神託解釈として出さなければいいんです」

セリアは確認表を指した。

「これは記録照合の結果です。台帳に載っている川沿いの村のうち、近年の接触が薄い場所を、雨期前に確認すべきだという提案にできます」

理人は紙を見た。
神託の意味を決める。
神殿の読み方を間違いだとする。
白倉村に危険があると断定する。
そこまで書けば、反発される。

そして、まだ証拠もない。
だが、記録が薄い場所を確認する。
雨期の前に、現在の状態を見に行く。
それなら、神託の正解を決めなくてもできる。

「報告書にします」

理人が答えると、リナが尋ねた。

「白倉村を見に行って、って書くの?」
「優先して確認する候補として書く」
「危ないかもしれないって?」
「危ないとはまだ分からない」
「でも、強く書かないと後回しにされない?」

理人は少し考えた。
リナの心配は正しい。
弱く書けば、読まれても動かないことがある。
だが、強く書きすぎれば、根拠のない断定として退けられる。

「確認が必要だという部分は強く書く」

理人は答えた。

「危険だという部分は書かない」

セリアが小さく笑った。

「ずいぶん実務的ですね」
「強く書く場所を間違えると、全部読まれなくなります」
「それも、元の世界で?」
「何度か失敗しました」

理人は新しい紙を手元へ寄せた。

(十一)確認提案報告書

理人は表題を書いた。
川沿い村落の対象漏れに関する確認提案報告書。
書いてから、対象漏れという言葉の横に補足を加える。
記録上の漏れではなく、運用上の注意漏れ。
セリアがその一文を確認し、うなずいた。

「それなら、台帳の不備を責めているとは取られにくいです」

理人は本文を書き始めた。
水祓い神託において、未来の災いとして読まれている表現には、遠方、未到達情報、未確認対象を含む可能性がある。
また、神託文中の「呼ばれし村、呼ばれぬまま残る」という表現について、消失した村、旧名でのみ残る村、統合された村、写しの誤りを候補として記録照合を行った。
現時点で、神託との直接的な対応を示す廃村または改名村は確認できていない。
一方、川沿い村落の交流・祈祷対象確認表において、白倉村は神殿台帳および水祓い対象に含まれているものの、近年の巡回確認、荷運び、祭礼参加、ギルド依頼、川の異常報告に関する記録が薄い。

このため、白倉村は記録上の対象ではあるが、現在の注意対象としては後退している可能性がある。
神託文中の過去側表現は、消失または改名だけではなく、現在の交流、祈祷、巡回、報告から遠ざかった対象を示す可能性がある。
ただし、神託解釈としては未確定である。
雨期前に、白倉村を含む接触頻度の低い川沿い村落について、現在の状況を優先確認することを提案する。
本提案は、神託解釈の断定ではなく、記録照合に基づく現地確認の提案である。

理人は一度、筆を止めた。
断定していない。
神託を否定していない。
神殿の仕事を責めてもいない。
それでも、何を確認すべきかは書かれている。

理人は最後へ一文を書き加えた。
祈る前に、まず数えるべき対象がある。
書いてから、少し強すぎるかと思った。
セリアへ紙を向ける。

「消した方がいいですか」

セリアは最後の一文を読んだ。

「これだけ読むと、神殿に喧嘩を売っていますね」
「消します」
「待ってください」

セリアは報告書全体を読み返した。

「前の部分で、祈祷を否定していないことは分かります」
「では?」
「最後に置くなら、意味は通ります。祈る対象を確認しろという話ですから」

理人は筆を置いた。
リナはその一文を、ゆっくり読んでいる。

「数えるって、村を?」
「村だけじゃない」

理人は答えた。

「今も連絡があるか。誰かが見ているか。報告が届いているか。それを数える」
「呼ばれてるかを数えるんだ」

理人は、少しだけ考えてからうなずいた。

「そうかもしれない」

ただの違和感だったものが、表になった。
表が、確認提案になった。
意味が分からない言葉が、次に取る行動へ変わった。

(十二)名前を残す

セリアは報告書を最初から読み直した。
記録の出所。
確認した範囲。
見られなかった記録。
まだ分からないこと。

断定していないこと。
一つずつ確認していく。

「神殿の正式な巡回記録は未確認、と明記します」
「お願いします」
「白倉村の危険を示す直接の報告も、現時点ではない」
「はい」
「荷運びの減少が、異常によるものか人口減少によるものかも不明」
「それも入れてください」

セリアは紙の余白へ書き足した。
理人は、自分に都合の悪い不明点ほど残す必要があると思っていた。
確認できなかった記録を、確認したことにしてはいけない。
異常の証拠がないなら、ないと書く。
白倉村が何の問題もない村である可能性も残す。

それでも、確認が必要だという判断は変わらない。
確認していないからだ。
セリアは最後の欄を指した。

「作成者の名前を入れます」
「俺の?」
「あなたの仮対応表と照合結果をもとに作った報告書です」
「セリアさんの名前も必要です」

理人が答えると、セリアは一瞬目を止めた。

「私は提出者として入ります」
「リナも観測と荷運び記録の照合をしています」

リナが顔を上げる。

「私も?」
「手伝っただろう」
「でも、私は読んだだけだよ」
「読んで、違いを見つけた」

セリアは少し笑った。

「では、照合協力として入れましょう」

報告書の末尾に名前が並ぶ。
作成者――山科理人。
提出者――セリア。
照合協力――リナ。
理人は、その三つを見た。

誰が書いたか。
誰が提出したか。
誰が記録を確認したか。
主語を落とさない。
後で紙だけが残っても、誰へ確認すればよいか分かるようにする。

それは、神託の大きな言葉よりも、ずっと小さな欄だった。
だが、理人には重要だった。

(十三)神殿分院へ

セリアは三つの紙を順番に重ねた。
神託文中の未来・距離表現に関する仮対応表。
川沿い村落の交流・祈祷対象確認表。
川沿い村落の対象漏れに関する確認提案報告書。
紙の端をそろえる。

紐を通し、ほどけないように結ぶ。

「分院へ渡します」

理人はうなずいた。

「お願いします」
「ただし、すぐに動くとは限りません」
「分かっています」
「神殿は、神託の解釈へ外から口を出されることを嫌います」
「それも分かっています」
「魔物除け札の記録で、あなたの名前は分院にも残っています。完全に知らない相手として捨てられることはないと思いますが」

理人は、以前提出された暫定記録を思い出した。
魔物除け札の外形補正に関する暫定記録。
魔法を使えないよそ者が、札の線へ口を出した記録。
少なくとも、名前だけは残っている。
リナがセリアへ尋ねた。

「どうして、この紙は無視しにくいの?」

セリアは報告書を持ち上げた。

「神託が間違っているとは書いていないからです」
「それだけ?」
「現場の記録がついていることも大きいです。白倉村が危険だとも書いていない。ただ、最近の情報が薄いから確認してほしいと書いてある」

リナは少し考える。

「見に行って、何もなかったら?」
「何もなかったと分かる」

理人が答えた。
リナはうなずいた。

「それなら、記録が増えるね」
「そうだ」

異常がなくても、確認には意味がある。
問題があることを証明するためだけに見るのではない。
問題がないことを確認するためにも見る。
セリアは紙束を抱え、ギルドを出た。
向かう先は、カランタ神殿分院。

理人とリナは、その背中を入口から見送った。
報告書は軽い。
三枚の薄い紙だ。
だが、記録されたものは、誰かの手に渡った瞬間から、なかったことにはしにくくなる。
理人は木片へ、もう一度村の名を書いた。

白倉村。
まだ危険があると決まったわけではない。
神託の意味が分かったわけでもない。
ただ、見るべき場所が一つ、記録の上に現れた。

(十四)過去は心からの距離で測る

その夜も、雨は降らなかった。
町の空気は湿り、遠くの森の上で低い雷が鳴っていた。
理人は倉庫の入口から空を見上げる。
未来を当てたわけではない。
神託を解いたわけでもない。

神の言葉の正しい意味を見つけたわけでもない。
ただ、言葉の中で遠くへ押しやられていたものを、記録の上へ戻した。
過去は、消えたものとは限らない。
過去は、昔にしか存在しないものとも限らない。
今もそこにある。

名前も残っている。
人も暮らしている。
それでも、現在の問題として扱われなくなったもの。
人の会話から外れたもの。
仕事の順番から後ろへ押されたもの。

祈りや確認が届かなくなったもの。
そういうものが、言葉の中で過去の側へ置かれることがある。
過去は、時間だけで測られるのではない。
心からの距離で測られることがある。
人が何を見ているか。

何を見なくなったか。
何を呼び、何を呼ばなくなったか。
そこまで含めて見なければ、現在に残っている過去を見落とす。
理人は仮対応表の最後へ、一行を書き足した。
過去表現――時間だけではなく、現在の注意対象からの距離を含む可能性。

まだ仮説だった。
だが、仮説は確認表になった。
確認表は報告書になった。
報告書は、神殿分院へ渡った。
理人は白倉村の名を見た。

半日ほどの道。
地図の上では、それほど遠くない。
だが、人の心と記録の運用からは、遠くなっているかもしれない。
外で、また低い雷が鳴った。
雨はまだ来ない。

だからこそ、来る前に見なければならないものがある。

(十五)ログ

ログ

過去参照:再分類
対象範囲:拡張
到達記録:未照合

注記:
既存台帳と現行運用の差分を検出。


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