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決勝の朝
決勝当日。
セトとシアが闘技場へ入ると、観客席はすでにほとんど埋まっていた。
昨日より明らかに人が多い。
町の外から来た者だけでなく、店を閉めて見物に来た町民もいるらしい。
「人が増えたな」
シアが観客席を見上げた。
「決勝だからな」
「全員、魔剣を見に来たのか」
「俺たちほど魔剣に興味がある奴ばかりじゃない」
「なら、何を見に来た」
「俺たちが戦うところだろ」
シアは少し考えた。
「昨日も戦った」
「決勝は一度しかない」
「同じ相手とは戦っていない」
「そういう意味じゃない」
説明を諦め、セトは運営席へ目を向けた。
優勝賞品を収めた木箱は、昨日と同じ場所に置かれている。
左右には武装した兵士。
その周りには、大会の係員が何人もいた。
シアも木箱を見ていた。
「近くなら分かるか」
「たぶん」
「本物かどうかだけでもいい」
「ああ」
先代イフリートから奪われた火が入っているかは、さらに近づかなければ分からない。
まずは魔剣と呼べるものなのかを確かめる。
そのために、あと一勝。
決勝の相手
反対側の控え場所には、昨日の準決勝を勝ち抜いた二人がいた。
片刃の剣を持つ男。
その相方である、小柄な光の精霊術士。
剣の男は、今日も運営席の木箱を見ていた。
相方が話しかけても、短く答えるだけで視線を戻す。
「やはり、あの男は魔剣しか見ていない」
シアが言った。
「勝てば手に入るんだから、気になるのは普通だろ」
「セトは見ていない」
「見ても中身までは分からないからな」
「わたしは分かるかもしれない」
「だから、お前の方が見てるだろ」
シアは否定しなかった。
剣の男がこちらへ顔を向ける。
セトと視線が合った。
「白い炎は、もう見せてもらった」
離れた場所から、男が言った。
「今日は通じない」
「対策したのか」
「あの少女の火が剣へ届かなければ、白い炎は生まれない」
準決勝を見て、仕組みをある程度読んだらしい。
間違ってはいない。
白炎を成立させるには、シアの火が白刃へ触れる必要がある。
「全部止めるつもりか」
「光は火より速い」
男の隣で、小柄な精霊術士が杖を上げた。
杖の先に淡い光が集まり、すぐに消える。
「火が届く前に落とす」
シアがセトを見た。
「速いらしい」
「聞こえてる」
「わたしの火より?」
「確かめるなよ」
作戦
舞台へ上がる前に、セトはシアへ言った。
「最初は昨日までと同じだ。お前は後ろから援護する」
「ああ」
「相手は、お前の火を白刃へ届かせないようにするはずだ」
「なら、強くする」
「威力の問題じゃない」
「光を燃やす」
「光は燃えない」
「やってみなければ分からない」
「やるな」
シアは不満そうだった。
「では、どうする」
「相手が火を止めるなら、止めさせればいい」
「止められたら白炎にならない」
「白炎にする火だけ通ればいい」
シアは少し考えた。
「どれが白炎にする火だ」
「決めない」
「決めないのか」
「あらかじめ決めたら、相手にも読まれる」
「では、セトにも分からない」
「ああ」
「わたしが勝手に決める?」
「お前が通せると思った火を通せ。俺が拾う」
シアがセトを見る。
「外れたら?」
「次を出せ」
「セトが拾えなければ?」
「俺が合わせる」
しばらくして、シアがうなずいた。
「分かった」
「珍しく早いな」
「全部止められるより面白い」
「遊びじゃないぞ」
決勝開始
決勝へ進む二組の名が呼ばれた。
歓声の中、セトとシアは舞台へ上がる。
向かい側には、剣の男と光の精霊術士。
男は片刃の剣を抜き、正面へ構えた。
相方は少し後ろへ下がり、細い杖をセトたちへ向ける。
「勝てば、あの魔剣は俺のものだ」
剣の男が言った。
「二人で優勝するんだろ」
セトが返す。
「魔剣を使うのは俺だ」
後ろにいる相方が、わずかに男を見る。
男は気づかない。
審判が二組の間へ立った。
「決勝戦、始め!」
声と同時に、光が走った。
落とされる火
光の精霊術士が放ったのは、細い光の筋だった。
狙いはセトではない。
シアの周囲に生まれた小さな火へ向かっている。
光が触れる。
火が一つ、空中で弾けた。
続けて二つ目。
三つ目。
シアが放つ前に、次々と消されていく。
「速いな」
シアが言った。
「感心してる場合か」
剣の男がセトへ迫る。
片刃の剣が、横から首元を狙った。
セトは白刃で受ける。
刃がぶつかった直後、男は片刃の剣を滑らせるように引いた。
白刃の側面を通り、切っ先がセトの腕へ向かう。
セトは肘を引いた。
服の袖が浅く裂ける。
「昨日までの相手より速いな」
「魔剣を手に入れるために来た」
「俺たちも似たようなものだ」
セトが白刃を返す。
見えている刀身の先から斬撃が延びる。
男は一度見ている。
刃の長さだけを頼りにせず、大きく後ろへ下がった。
「それも知っている」
読まれた技
白刃の間合い。
シアの小さな火。
白炎が生まれる条件。
相手は、昨日までの試合をよく見ていた。
セトが白刃を短くする。
投げる前に、剣の男が横へ動いた。
「短剣も知っている」
「よく見てるな」
「優勝するためだ」
男が一気に距離を詰める。
セトは短くした白刃を手元に残し、近距離で受けた。
片刃の剣が上から押し込まれる。
力ではわずかに相手が上だった。
白刃を伸ばそうとする。
その瞬間を読んだ男が、手首の角度を変えた。
白刃の伸びる方向を外へ逸らされる。
「今までの相手は、その剣を知らなかった」
男が言った。
「分かっていれば、怖くはない」
その後ろで、シアが火を五つ出した。
光の筋が走る。
五つすべてが、セトへ届く前に撃ち落とされた。
「全部消えた」
「見れば分かる!」
火を増やす
シアの周囲へ、十を超える小さな火が現れた。
光の精霊術士が杖を振る。
細い光が枝分かれした。
火が次々と消される。
赤い火花と白い光が、舞台の後方で弾け続けた。
一つだけ、光を抜ける。
だが、白刃とは離れた場所を飛んでいる。
「外れたぞ」
剣の男が笑った。
「外している」
シアが答える。
抜けた火は男の後ろへ回り、光の精霊術士へ向かった。
相手は杖を返し、火を光で撃ち落とす。
その間だけ、セトへ向けられる光が止まった。
シアが次の火を放つ。
今度はセトの左。
続いて右。
頭上。
どれも白刃へは向かっていない。
光の精霊術士は、白炎を警戒して一つずつ落とす。
「どれを通すつもりだ」
セトが尋ねる。
「まだ決めていない」
「俺の真似をするな」
「決めない方が読まれないんだろ」
「そうだけどな」
二人を離す光
光の精霊術士が杖を高く上げた。
眩しい光が舞台の中央へ広がる。
白い壁のような輝きが、セトとシアの間を分断した。
互いの姿が見えない。
「これで、火は届かない」
光の向こうから声がした。
直後、剣の男が踏み込んでくる。
片刃の剣が連続して振られた。
肩。
脇腹。
脚。
セトは白刃で受け、避け、後ろへ下がる。
相手は白刃の間合いを知っている。
無理に離れず、刀身が伸び切る前へ入り続ける。
セトが短剣を作ろうとすれば、その手元を狙う。
白刃を長く保てば、懐へ入ってくる。
「一人では、その剣を生かせないようだな」
「昨日までも前で戦ってたのは俺だ」
「後ろの火に助けられていただけだ」
男の剣が白刃を弾く。
切っ先がセトの肩へ触れた。
浅い痛みが走る。
見えない相手
「シア!」
返事はない。
光の壁が音まで遮っているわけではない。
聞こえてはいるはずだった。
セトはもう一度呼ぼうとして、やめた。
指示を出しても、シアからこちらは見えない。
何をするかは、シアが決めるしかない。
片刃の剣が正面から迫る。
セトは白刃で受けた。
押し合った瞬間、足元へ赤い光が見えた。
小さな火だった。
光の壁の下を、地面すれすれに抜けてきた。
白刃からは遠い。
セトは男の剣を受けたまま、右足を引いた。
火がその場所を通過する。
続いて、二つ目の火。
一つ目より少し右。
三つ目は、さらに右。
火が点々と並び、光の壁に沿って進んでいる。
シアはこちらを見ていない。
それでも、セトがどこにいるかを探していた。
火の列
セトは片刃の剣を押し返した。
一歩、右へ動く。
小さな火が足元を通る。
さらに右。
次の火が来る。
シアは火を連続して流し、セトの位置を確かめている。
光の精霊術士が気づいた。
壁の向こうで杖が動く。
地面を走る光が、小さな火を消し始めた。
一つ。
二つ。
三つ。
それでも、火は止まらない。
「無駄だ!」
光の精霊術士が叫ぶ。
「全部消す!」
光が足元へ集中する。
その瞬間、光の壁の上を大きな火が越えた。
セトの頭上へ落ちてくる。
光の精霊術士は地面の火を狙っている。
剣の男はセトを押さえている。
誰も、上から来る火を止められない。
だが、その火は白刃へ向かっていなかった。
セトの背後へ落ちる軌道だった。
背中を預ける
セトは後ろを見なかった。
片刃の剣を受けたまま、白刃を一度消す。
「剣を消した?」
男が踏み込む。
セトは攻撃を避けず、相手の懐へ入った。
肩が触れそうな距離。
白刃を再び作る。
ただし、前ではない。
右手を背後へ伸ばし、見えない場所へ刀身を作った。
落ちてきた火が白刃へ触れる。
白い炎が背後で燃え上がった。
「なに――」
セトは体を回転させる。
背後で生まれた白炎が、円を描いて前へ回った。
片刃の剣と白炎がぶつかる。
セトは炎を一気に強くした。
白い火が刃の表面を包む。
男は剣を引いた。
焼かれる寸前で距離を取る。
光の壁の向こうから、シアの声がした。
「当たったな」
「ああ」
「見えていなかっただろ」
「お前なら、あそこへ落とすと思った」
「わたしも、セトなら拾うと思った」
光の壁を斬る
セトは白炎を光の壁へ向けた。
光も精霊術で作られている。
白刃が、その流れへ食い込む。
炎を強くする必要はない。
刀身の形へ力を戻し、切断へ集中させる。
白い壁へ縦の亀裂が走った。
セトは白炎を振り抜く。
光が左右へ割れた。
向こう側にシアがいる。
光の精霊術士は、すぐに次の術を作ろうとした。
シアが指を振る。
小さな火が、相手の杖へ向かう。
光が火を撃ち落とした。
その後ろから、二つ目。
三つ目。
すべて同じ場所へ向かっている。
「同じことを繰り返しても――」
四つ目の火は、途中で向きを変えた。
光の精霊術士の足元へ落ちる。
相手が横へ避けた。
そこへ、白い短剣が飛んだ。
セトが光の壁を斬った直後に投げていたものだった。
短剣は相手の杖を弾く。
杖が宙を舞った。
指示のない連携
光の精霊術士が杖を追う。
シアは、その前へ小さな火を置いた。
足が止まる。
セトは走り込んだ。
白炎を弱め、刀身を短くする。
光の精霊術士の首元へ、白い刃を止めた。
「降参するか」
相手は動かなかった。
白炎はほとんど熱を持っていない。
だが、光の精霊術士にそのことは分からない。
「……降参する」
一人が舞台から下がる。
セトはシアを見た。
「短剣を投げたのが分かったのか」
「見えた」
「なら、先に言え」
「火を置けば、セトが来ると思った」
「来なかったら?」
「わたしが倒していた」
「やっぱりそこへ戻るのか」
シアはすでに、残った剣の男を見ていた。
「次は二人で倒す」
一人になった剣士
剣の男は、相方が降参しても剣を下ろさなかった。
「まだ終わっていない」
「二対一だぞ」
「魔剣は俺が手に入れる」
男は運営席の木箱を見た。
その目には、セトもシアも映っていないようだった。
「相方は降参した」
「最初から、あいつは俺を優勝させるための後衛だ」
舞台を下りた光の精霊術士が、顔を伏せる。
シアが男を見た。
「二人で勝つのではなかったのか」
「勝つのは俺だ」
「二人一組なのに?」
「魔剣を使えるのは一人だけだ」
シアは少し黙った。
「セト」
「何だ」
「わたしたちとは違うな」
「ああ」
男が踏み込んだ。
片刃の剣が、セトの白炎へ向かう。
前と後ろ
セトが白炎で受ける。
男は正面から刃を押し込んだ。
シアが小さな火を放つ。
男は見ずに横へ避けた。
昨日から何度も見せている攻撃だ。
火の置かれる位置も、ある程度読まれている。
「その程度の援護では止まらない!」
男が白炎を弾く。
セトの体勢が崩れた。
片刃の剣が、その胸へ迫る。
シアは大きな火を作らなかった。
セトを助けるために、男を直接攻撃もしない。
小さな火を、セトの足元へ置いた。
セトは迷わず、その火を踏む。
炎はセトを焼かなかった。
足の裏から火が弾け、体を前へ押す。
一歩分だけ、動きが速くなる。
片刃の剣を紙一重で避けた。
「今のは何だ」
男が振り返る。
「援護だ」
シアが答えた。
進むための火
シアが二つ目の火を置く。
セトはそこへ足を運ぶ。
踏み込んだ瞬間だけ、火が強くなる。
体を焼かず、足を前へ押す。
セトの動きに合わせている。
セトは白炎を振る。
男が受ける。
刀身がぶつかる直前、セトは炎を弱めた。
男が踏み込む。
そこへ、シアの火が置かれる。
今度は男の足元ではない。
セトが次に踏む場所だ。
セトは後ろを見ない。
足元を確かめない。
火があると信じて踏み込む。
炎が弾ける。
速度を増した白刃が、片刃の剣の横を抜けた。
男の肩口で止まる。
男は体をひねり、ぎりぎりで避けた。
服が浅く裂ける。
「火で動きを速めているのか」
「今、分かった」
セトが言う。
「お前も知らなかったのか」
「初めてやったからな」
シアの判断
シアは、セトから指示を受けていなかった。
足元へ火を置けとも言われていない。
セトが進みたい場所を見て、自分で火を置いた。
セトも止めなかった。
火が体へ触れる直前に避けようともしない。
シアが自分を焼かないと分かっている。
次の火が左へ置かれる。
セトは右へ踏み込んだ。
「違う」
シアが言った。
「分かってる」
右へ動いたのは、男の剣を誘うためだ。
片刃の剣が追ってくる。
セトは直前で方向を変え、シアが置いた左の火を踏む。
炎に押され、男の横へ回る。
白炎を振り上げる。
男が剣で受ける。
セトは炎を強めた。
白い火が片刃の剣を包む。
男が耐える。
「この程度なら!」
「まだだ」
セトが言った。
白炎を渡す
シアが両手を上げた。
小さな火がいくつも生まれる。
男は警戒して周囲を見る。
だが、火は男へ向かわない。
すべて白炎へ集まっていく。
「強くするのか」
男が剣を引こうとする。
セトは白炎を押し当てたまま離さない。
「違う」
シアが言った。
火が白炎へ触れる。
刀身を包む炎は大きくならなかった。
セトが強さを抑えている。
シアが送った火は、白刃の中へ次々と重なる。
それでも、セトは炎として放出しない。
剣の形を保つ方へ力を回す。
白刃の密度が増していく。
片刃の剣が、少しずつ押し返された。
「火を弱くしているのに、なぜ――」
「強くする場所を変えただけだ」
セトは白炎を振り抜いた。
勝つための一撃
片刃の剣が大きく弾かれた。
男の両腕が上がる。
セトの正面が空いた。
シアが火を一つだけ放つ。
火は白刃へ向かわない。
男の背後へ飛んだ。
セトは白刃を短くする。
男が体勢を戻し、セトへ斬りかかる。
セトは刃の下へ入った。
肩がぶつかる。
男の体を押しながら、そのまま前へ進む。
背後にあった火が、男の足へ触れた。
炎は燃え上がらない。
足元で弾け、男の体勢だけを崩した。
セトは短い白刃を消す。
空いた右手で、男の剣を持つ腕をつかんだ。
足を払う。
男の体が石床へ倒れた。
セトは新しい白刃を作り、その首元へ切っ先を止める。
同時に、シアの小さな火が男の剣を囲んだ。
拾おうとすれば、手を焼かれる位置だった。
「終わりだ」
男は歯を食いしばった。
それでも、起き上がることはできない。
「……降参だ」
優勝
審判が腕を上げた。
「勝者、セト、シア組!」
闘技場が大きく揺れたように感じるほどの歓声が上がった。
セトは白刃を消す。
シアが隣へ来た。
「勝ったな」
「ああ」
「最後は、わたしが何をするか言わなかった」
「言う暇がなかったからな」
「セトも、どこへ動くか言わなかった」
「お前なら分かると思った」
「分かった」
「俺も分かった」
シアは少し考えた。
「これが二人で戦うということか」
「たぶんな」
「全部わたしが倒すより遅い」
「それはもういい」
「だが、悪くなかった」
シアは素直にそう言った。
その視線が、運営席の木箱へ移る。
「魔剣を見るぞ」
「余韻が短いな」
表彰
舞台が整えられ、表彰の準備が始まった。
先に賞金の入った袋が運ばれてくる。
続いて、兵士たちが木箱を舞台の中央へ移動させた。
決勝で敗れた二人も、準優勝者として舞台の端に立っている。
光の精霊術士は、少し離れた場所にいた。
剣の男は、木箱から目を離さない。
大会の運営者が、箱の鍵を開けた。
蓋が持ち上がる。
中には、一振りの剣が収められていた。
黒い鞘。
古びた銀色の柄。
柄の中央には、赤い石が埋め込まれている。
観客席から歓声が上がった。
「これが、優勝賞品の魔剣だ!」
運営者が剣を持ち上げる。
シアは目を細めた。
「どうだ」
セトが小声で尋ねる。
「遠い」
「もう少し近づけば分かるか」
「ああ」
運営者が二人へ剣を渡そうと、一歩前へ出た。
その時だった。
奪われた賞品
準優勝した剣の男が動いた。
舞台を強く蹴り、運営者へ飛びかかる。
「なっ――」
男は運営者の腕をつかみ、魔剣を奪い取った。
左右の兵士が剣を抜く。
男は奪った剣を鞘ごと振り、兵士の一人を殴り倒した。
「何をしている!」
大会の係員が叫ぶ。
「これは俺のものだ!」
「お前は負けた!」
「俺が持つべき剣だ!」
男は黒い鞘から刀身を抜いた。
鈍い銀色の刃が現れる。
シアが眉を寄せた。
「違う」
「何がだ」
「あれには、ほとんど力がない」
「偽物か?」
「まだ分からない。近くで見れば――」
男は剣を横へ振った。
兵士たちが下がる。
その隙に、男は舞台から観客席側へ飛び降りた。
崩れる足場
男は出口へ向かわなかった。
舞台の脇に立てられた木製の観覧台へ走る。
支柱を奪った剣で斬った。
古い木が大きな音を立てる。
「逃げろ!」
観客が騒ぎ始めた。
観覧台が傾く。
その下には、人がいる。
「シア!」
「ああ」
シアが炎を放つ。
観覧台を支えていた太い縄だけが焼き切れた。
倒れる方向が変わる。
セトは白刃を作り、落ちてくる横木を斬った。
大きな木材がいくつかに分かれる。
観客たちが、その隙間から逃げる。
シアは落下する木片を火で弾き、誰もいない場所へ飛ばした。
観覧台が石床へ崩れ落ちる。
土煙が上がった。
男の姿は、すでに闘技場から消えていた。
「追うぞ」
セトが言う。
「今なら追いつける」
シアが走り出す。
町の外へ
男は町の裏通りを抜け、外壁の小さな通用門から外へ出ていた。
門番が地面へ倒れている。
息はある。
「こっちだ」
シアが街道とは違う方向を指した。
草が踏み荒らされている。
男は人の多い街道を避け、林へ入ったらしい。
「魔剣の力を感じるのか」
「弱い。だが、何かが動いた跡は分かる」
「本当に魔剣なのか」
「分からない」
二人は林へ入った。
細い獣道を進む。
折れた枝。
踏み倒された草。
追跡は難しくなかった。
シアなら先に追いつける。
それでも、一人では行かなかった。
セトと同じ速さで走っている。
「先に行ってもいいぞ」
「二人で追う」
「今は大会じゃない」
「分かっている」
「なら、なぜだ」
「セトもあれを見たいだろ」
「ああ」
「なら、一緒に行く」
それだけ言い、シアは前を向いた。
途切れた足跡
林を抜けると、古い街道へ出た。
今はほとんど使われていないらしく、石の間から草が伸びている。
男の足跡は、その先へ続いていた。
やがて、道の途中で足跡が乱れる。
一人分ではない。
別の誰かと向かい合った跡がある。
「誰かいる」
シアが足を止めた。
「追いついたのか」
「違う」
金属が地面へ落ちる音がした。
二人は道の先へ進む。
倒れた男が見えた。
決勝で戦った剣の男だった。
胸元を深く斬られ、石の上に血が広がっている。
その少し先に、優勝賞品だった剣が落ちていた。
男の前には、もう一人立っていた。
偽物
立っていたのは、壮年の男だった。
旅装の上からでも分かるほど、鍛えられた体をしている。
片手には、赤黒い刀身の剣。
その切っ先から血が落ちた。
男は倒れた剣士ではなく、地面へ落ちた優勝賞品を見ていた。
「噂を聞いて来てみれば、この程度か」
壮年の男が言った。
「魔剣ではないのか」
セトが尋ねる。
男がこちらを見る。
「少しばかり精霊力を入れただけの飾りだ。魔剣と呼べるものではない」
シアが地面の剣へ目を向けた。
「何もない」
「やはり分かるか」
壮年の男が笑った。
「大会の者たちは、見事に騙されたらしい」
セトは倒れた剣士へ近づこうとした。
「動くな」
壮年の男が赤黒い剣を向ける。
「まだ息があるかもしれない」
「ない」
「お前が殺したのか」
「ああ」
否定する様子はなかった。
赤黒い剣
シアは壮年の男ではなく、その手にある剣を見ていた。
赤黒い刀身。
表面には炎がない。
それでも、周囲の空気がかすかに揺れている。
火の聖剣よりも濃い力が、剣の中に押し込められていた。
シアの表情が変わる。
「セト」
声が低い。
「どうした」
「あの剣だ」
「先代を殺したものか?」
「あの中に、先代の火がある」
壮年の男がシアを見た。
先ほどまでの薄い笑みが消える。
「そうか」
男は、シアの赤い髪と瞳をゆっくり眺めた。
「もう次が生まれていたか」
シアの手に炎が灯る。
「お前が先代を殺したのか」
「そうだ」
男は赤黒い剣を構えた。
「名はグラウス」
剣の中で、奪われた火が揺れた。
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