本当に人間ってあさはかな生き物だよね 第14話 自分へのご褒美

本当に人間ってあさはかな生き物だよね 第14話 自分へのご褒美 創作実験
本当に人間ってあさはかな生き物だよね 第14話 自分へのご褒美
本当に人間ってあさはかな生き物だよね
創作実験TOP日常系/猫視点コメディ/人間観察―― 猫には猫の常識がある。人間はそれを、何ひとつ分かっていない。 ――作品紹介黒猫のシジミは、人間に飼われている。少なくとも、うちの人間はそう思っている。だが、シジミからすれば話は逆だ。毎日決…

自分へのご褒美

うちの人間は、ときどき自分へ褒美を与える。

誰かに褒められたわけではない。

何かの勝負に勝ったわけでもない。

決められた仕事を終えただけである。

それでも、うちの人間は帰宅するなり、買い物袋をテーブルへ置いて言った。

「今日は頑張ったから、自分へのご褒美」

袋の中には、小さな箱が入っていた。

箱を開けると、甘い匂いが広がる。

丸い菓子である。

表面には白いものが塗られ、その上へ赤い実が載っていた。

見た目にはずいぶん手をかけている。

だが、食べればなくなる。

シジミは長椅子の上から、その様子を見ていた。

うちの人間は上着を脱ぎ、栗色の髪を後ろでまとめると、柔らかな部屋着へ着替えた。

それから、温かい飲み物を用意し、菓子を皿へ移す。

仕事から帰ったばかりで疲れているはずなのに、こういうときだけ動きが早い。

普段なら、

「もう動けない」

と言いながら長椅子へ倒れ込む。

食事を作るのも面倒がる。

シジミの皿を出すよう伝えても、

「ちょっと待って」

と返す。

だが、ご褒美を食べるためなら、服を着替え、湯を沸かし、皿まで用意する。

動けないのではない。

動きたいことにしか動かないのである。

最初から最後まで自分

うちの人間は長椅子へ座り、菓子を前にして満足そうに息を吐いた。

「今日の私、ほんとに偉かった」

自分で買ってきた。

自分で皿へ載せた。

そして、自分で自分を褒めている。

褒美というものは、本来、何かを成し遂げた者へ、別の者が与えるものではないだろうか。

少なくとも、猫の世界ではそうである。

人間の言うとおりに手を出した。

決められた場所で爪を研いだ。

病院で暴れなかった。

そういうとき、人間が食べ物を出す。

シジミが欲しいと言ったわけではない。

人間が勝手に、よくできましたと判断して渡す。

それが褒美である。

ところが、うちの人間の場合は違う。

自分で頑張ったと決める。

自分で褒める。

自分で欲しいものを選ぶ。

自分の持っている紙や数字を渡して買う。

自分で持ち帰る。

そして自分で食べる。

最初から最後まで、うちの人間しかいない。

それは褒美なのだろうか。

単に、欲しいものを手に入れただけではないだろうか。

シジミは菓子へ鼻を向けた。

甘い。

猫が食べるものではなさそうだ。

興味はない。

だが、うちの人間がなぜわざわざ「ご褒美」と呼ぶのかは気になった。

欲しかったから買った。

食べたかったから食べる。

それで十分なはずである。

猫は日なたで眠りたいとき、

「今日は庭を見張った自分へのご褒美として、日なたで眠ろう」

などとは考えない。

眠りたいから眠る。

高い場所へ行きたいから跳ぶ。

食事が欲しいから鳴く。

自分の欲求へ、別の名前をつける必要はない。

自分の中の二人

うちの人間は小さな道具で菓子を切り、口へ運んだ。

目を細める。

「おいしい。頑張ってよかった」

菓子を食べることと、今日頑張ったことに、どのようなつながりがあるのだろう。

頑張らなければ食べてはいけなかったのか。

欲しいだけでは、買ってはいけなかったのか。

シジミは、うちの人間を見つめた。

人間には、欲しいものを欲しいと言うことへの抵抗があるらしい。

甘いものが食べたい。

新しい服が欲しい。

どこかへ遊びに行きたい。

何もせず休みたい。

それだけでは、自分を納得させられない。

だから、頑張ったという理由を先につける。

自分へのご褒美。

そう言い換えれば、欲しいものを手に入れても許される。

誰に許してもらうのかは分からない。

買うのはうちの人間である。

食べるのもうちの人間である。

困るとすれば、あとで紙や数字が減るうちの人間だけだ。

それなのに、自分で自分へ許可を出すため、褒美という言葉を使う。

人間は、自分の中に許可を出す者と許可を求める者の二人を飼っているのだろうか。

一人は、

「欲しい」

と言う。

もう一人は、

「無駄遣いではないか」

と言う。

そこで最初の一人が、

「これはご褒美だから」

と説明する。

もう一人が、

「それなら仕方がない」

と許す。

同じ頭の中で、ずいぶん面倒な話し合いをしている。

猫なら、欲しいか、欲しくないか。

必要か、必要でないか。

届くか、届かないか。

判断することはそれだけである。

人間は、自分の欲求へ理由をつけなければ動けないらしい。

今月頑張ったから

その数日後、うちの人間は光る板を見ながら、また同じ言葉を口にした。

「これ、今月頑張った自分へのご褒美に買おうかな」

画面には鞄が映っていた。

家には、すでにいくつも鞄がある。

大きなもの。

小さなもの。

肩へかけるもの。

手で持つもの。

外へ働きに行くときのもの。

近くへ買い物に行くときのもの。

あまり使っていないものまで、棚の中に並んでいる。

それでも、新しいものが必要らしい。

鞄はうちの人間の頑張りを知らない

うちの人間は画面の鞄を拡大した。

「この色、かわいいんだよね」

欲しいなら、欲しいと言えばよい。

なぜ頑張った話を先にするのだろう。

鞄が、うちの人間の頑張りを知っているわけではない。

売っている店の人間も知らない。

画面の向こうにいる者は、うちの人間が今日何をしたかなど気にしていない。

数字を渡せば、鞄を送る。

頑張っていても。

頑張っていなくても。

朝から眠っていただけでも。

同じ数字を渡せば、同じ鞄が届く。

褒美かどうかは、買う側だけが勝手に決めているのである。

買う理由はいくらでもある

シジミは光る板の前へ座った。

うちの人間が画面を見るために体を傾ける。

「シジミ、見えないよ」

見なくてもよい。

先日も、給料が入ったからといって服や菓子を買っていた。

その数日後には、

「お金がない」

と嘆いていた。

今度は、今月頑張ったという理由で鞄を買おうとしている。

人間は紙や数字を使いたくなるたび、別の理由を探す。

給料日だから。

疲れたから。

頑張ったから。

嫌なことがあったから。

よいことがあったから。

記念だから。

限定だから。

今しか買えないから。

理由はいくらでもある。

買わない理由だけが、なかなか見つからない。

答えは出ている

うちの人間はシジミを抱き上げ、隣へ移した。

そして、また画面を見た。

「でも、ちょっと高いんだよね」

高いと思うなら、買わなければよい。

「今使ってる鞄も、まだ使えるし」

ならば必要ない。

「似たようなの持ってるんだよなあ」

それなら、さらに必要ない。

うちの人間は、正しいことをすべて自分で言っている。

もう答えは出ているはずだ。

ところが、しばらくすると、画面の下にある印へ指を近づけた。

「でも、今月ほんとに頑張ったし」

また出た。

頑張ったことと、鞄が必要かどうかは別の話である。

うちの人間が頑張った事実によって、今ある鞄へ穴が開くわけではない。

新しい荷物が増えるわけでもない。

持ち運ばなければならない物の大きさが変わるわけでもない。

必要性は何も変わっていない。

ただ、買うための言い訳が増えただけである。

シジミはうちの人間の指先を見た。

買うのだろう。

人間は、迷っているように見えても、すでに欲しいものを見つけた時点で答えを決めていることがある。

そのあとに考えているのは、買うか買わないかではない。

どうすれば自分を納得させて買えるかである。

自分で押して、買っちゃった

うちの人間の指が画面へ触れた。

「あ、買っちゃった」

自分で押した。

突然、鞄が勝手に買われたわけではない。

それなのに、

「買った」

ではなく、

「買っちゃった」

と言う。

自分のしたことなのに、少し事故のように言う。

人間は都合の悪い結果について、自分の意志を薄くしたがる。

食べた、ではなく、食べちゃった。

寝た、ではなく、寝ちゃった。

買った、ではなく、買っちゃった。

最後に小さな音をつけるだけで、仕方なくそうなったように聞こえる。

これも罪悪感を減らすための言葉なのだろうか。

返事をしない猫

うちの人間は、購入が終わった画面を見て笑った。

「まあ、ご褒美だからいいよね」

やはり、許可を出す者も自分だった。

欲しい。

高い。

似たものを持っている。

だが、頑張った。

だから、ご褒美として買う。

そして、買ったあとに、

「いいよね」

と確認する。

誰へ聞いているのだろう。

シジミは返事をしなかった。

同意したことにされては困る。

それでも、うちの人間はシジミの頭を撫でた。

「シジミもそう思うよね」

思わない。

むしろ、似たような鞄を持っているなら、必要ないと思っている。

だが人間は、返事をしない猫を、自分に同意する者として使うことがある。

反対されない。

だから賛成。

ずいぶん都合のよい判断である。

欲しいから買った

数日後、鞄が届いた。

うちの人間は箱を開け、うれしそうに中身を取り出した。

肩へかける。

鏡の前へ立つ。

髪を整える。

鞄の位置を少し変える。

横を向く。

反対側も見る。

「やっぱり買ってよかった」

満足しているなら、それでよい。

シジミも、欲しいものを手に入れること自体が悪いとは思っていない。

問題は、最初から欲しかっただけなのに、頑張った自分への褒美という話へ変えたことである。

欲しいから買った。

それで何がいけないのだろう。

人間は、自分の欲望をそのまま認めると、何か悪いことをしているように感じるらしい。

欲望を立派な言葉で包む

だから、理由をつける。

褒美。

必要経費。

自己投資。

気分転換。

将来のため。

言葉を入れ替えれば、同じ買い物でも立派になると思っている。

菓子なら、ご褒美。

服なら、気分を上げるため。

顔へ塗るものなら、身だしなみ。

遊びに行くなら、心を休めるため。

欲しかった。

食べたかった。

遊びたかった。

そう言えば短く済む。

だが、人間は短い理由では安心できない。

自分の欲望を、立派な言葉で包まなければ受け取れないのだろう。

猫が獲物を捕まえるとき、

「これは狩猟能力を維持するための自己投資である」

とは言わない。

捕まえたいから捕まえる。

遊びたいから遊ぶ。

それでよい。

置く場所がない

うちの人間は、新しい鞄を棚へしまった。

似たような鞄が並んでいるため、置く場所がない。

中のものを動かす。

あまり使っていない鞄を奥へ押し込む。

一つ入れるために、三つを動かしている。

人間は物を増やすたび、置く場所に困る。

それでも、次に欲しいものを見つければ、また何か理由をつけて買うのだろう。

また褒美になる

さらに数日後。

うちの人間は仕事から帰ると、長椅子へ倒れ込んだ。

髪をまとめていたものを外し、深く息を吐く。

「今日は疲れたあ」

シジミは隣に座っていた。

うちの人間は光る板を取り出した。

何かを見つける。

少し迷う。

そして、つぶやいた。

「今日は大変だったし、自分へのご褒美に頼んじゃおうかな」

今度は食事らしい。

家には食べるものがある。

朝、うちの人間自身がそう言っていた。

だが、作るのが面倒になったため、外から食べ物を運ばせるつもりらしい。

疲れているから楽をしたい。

それなら、そう言えばよい。

ところが、また褒美になる。

頑張ったから菓子を買う。

頑張ったから鞄を買う。

疲れたから食事を頼む。

人間は何かを欲しがるたび、自分へ賞を与えている。

これほど何度も褒美を受け取っているのなら、よほど立派なことをしているに違いない。

だが、シジミが見ているかぎり、うちの人間は毎日外へ出て、疲れて帰ってくるだけである。

人間にとっては、それだけでも褒めなければ続けられないほど大変なのかもしれない。

それなら、少し気の毒ではある。

シジミにもご褒美

うちの人間は食事を頼み終えると、シジミを見た。

「シジミにも、ご褒美あげようか」

シジミは耳を立てた。

うちの人間が棚から、小さな袋を取り出す。

中には、シジミの好む食事が入っている。

「今日はお留守番、頑張ったもんね」

留守番を頑張ったわけではない。

家にいただけである。

窓辺で眠った。

庭を見た。

水を飲んだ。

長椅子の真ん中を使った。

必要なことをしていただけだ。

褒められるようなことは、特にしていない。

だが、食事が出るらしい。

シジミは袋の前へ座った。

うちの人間が笑う。

「ご褒美、うれしい?」

ご褒美かどうかは関係ない。

欲しい食事だから食べる。

言葉を飾る必要はない。

シジミはそう考えながら、差し出された食事を口にした。

うちの人間は満足そうにシジミを撫でる。

「頑張ったあとのご褒美は、特別だよね」

味は、いつもと同じである。

頑張ったから変わるわけではない。

ただし、理由もなく食事を増やせと言えば、うちの人間は出さないことがある。

お留守番を頑張ったご褒美と言えば、出す。

なるほど。

ご褒美という言葉は、欲しいものを手に入れるために、人間が自分を納得させる言葉らしい。

欲しいだけでは許せない。

頑張ったからなら許せる。

食べたいだけでは駄目。

ご褒美ならよい。

同じ物を。

同じ者が。

同じ紙や数字を使って手に入れる。

間に言葉を一つ入れただけで、罪悪感がなくなる。

それでは褒美ではなく日常

うちの人間は、自分の分の食事が届くのを待ちながら、また光る板を見ていた。

画面には、新しい服が映っている。

「今週も頑張ったし、これくらいならご褒美に……」

先ほど鞄を買ったばかりではなかっただろうか。

褒美を与える回数が多すぎる。

それでは褒美ではなく、日常である。

シジミは食事をかみながら、うちの人間を見上げた。

欲しいものを欲しいと言えず。

買いたいものを買いたいと言えず。

自分で自分を褒め。

自分で自分へ許可を出し。

最後には、ただの欲望をご褒美という立派なものへ変える。

そこまでしなければ、自分の欲しいもの一つ手に入れられないらしい。

シジミは最後の一粒を食べ終えた。

「本当に人間ってあさはかな生き物だよね」


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